飲んで飲まれて
「あれ、お仕事終わったんですか?」
「あ?あー…、苗字か」
「そこまで嫌そうな顔されたらさすがにちょっと傷つくんですけど…」
珍しく外で見かけた警部に声をかければ、仕事上がりらしく私の顔を見るなら面倒そうな顔をした。お前も帰りか、と言われて珍しく、と返せば何かを考えるよに彼が私の顔をまじまじと見る。
「何なら、飲みに行くか?」
「えー、奢ってくれるんですか?」
「んなわけあるか。自分の分は自分で払え」
「ですよね。いいですよ、たまには飲みましょうか」
警部と二人だけで飲むって中々無いですよね。そんなことを話しながら、俺がよく行くところでいいか、と言われて了承する。警部がまだ明るい時間に帰れるなんて随分と久しぶりではないだろうか。そんなこと考えながら背伸びをした。
+ + +
カラン、とふいに氷が溶けてぶつかり合う音がした。結構飲んでいるような気がするけれど、今何時だろうか。警部がトイレに行ってるし、と携帯を開いて時間を確認すればそれなりの時間だ。それなりに飲んでいるであろうにあまり酔っ払った、というまではなさそうな警部お酒強いな。
「今何時だ?」
「うわビックリした。21時過ぎたところですよー。いいんですか、時間」
「そりゃあお前の方だろ。女なんだから、一人じゃ危ない」
「一応これでも刑事なんですけど…」
それなりに護身術には長けているつもりなのだけれど、そうは見られていないのだろうか。まぁ変な輩にこちらが刑事かどうかなんて気にしていないだろうし。そんなことを思いながらグラスに入っていたお酒を一気に体の中へと流しこむ。酔ってはいる、けれど一応頭は正常に働いていると思う。多分。
「顔が赤いが大丈夫か?」
「まぁそれなりに飲んでますからねぇ…。でも迎えに来てくれる恋人なんていないんで自力で帰りますよ」
電車はまだまだあるしいっそ無くなってもタクシーなり何なり拾えばいい。ただ、そろそろお酒はストップしないと翌日に支障が出てきそうだから飲むのはやめた方がいいかもしれない。
「帰るんなら、送ってくぞ」
「……え、あの…お兄さんと入れ替わりました…?」
トイレに行っているときに入れ替わりでもしたのだろうか。そんなことを疑いたくなる言葉にそう返せば軽く頭を殴られて確かにいつもの警部だな、と思う。こんなことで確認をするもの嫌なのだけれど。
「お前だって一応は女なんだから危ないだろうが」
「警部心配性ですね。むしろ私襲う人とかある意味見てみたいですけど」
「…確かにな」
「そこはお世辞でもいいからそんなことあるかって言ってくださいよ!」
「どうしたいんだお前は!!」
私を襲う人を見てみたいけどあまりに襲われ無さ過ぎるのも女として複雑な感じです。このままヒートアップするかもな、と思いつつ言えば目の前の警部は呆れたのか大きく息を吐いた。
「大分酔ってんなこりゃあ…」
「酔ってないですもん」
「酔っぱらいのその言葉はアテにならねぇんだよ。金払ってくるから待ってろ」
「払いますー」
「いい。座ってろ」
ぐしゃり、と髪の毛を乱すように頭を撫でられてその部分を私の手で触れる。部下に奢らないでキッチリと割り勘することで有名な警部がどうしたのか。明日は台風でも来るのだろうか。もしかしたら今請求しないだけで明日請求するのかもしれないけれど。そんなことを思いながらぬるくなったお冷を飲み干す。
(眠い、なぁ……)
お酒の入った身体に、眠気が襲ってくる。今ここで瞼を閉じたら、多分そのまま寝る。そう思いつつも身体はやけに睡眠を欲していて、私は欲望に従うように瞼を閉じた。
+ + +
(……やってしまった)
目が覚めていた場所は、見知らぬベッド。隣に、ラフな格好で寝る警部。ジャケットは脱いでいるけれどそれ以外はちゃんと全部着ているから何か会ったわけではないと思う。多分。身体を起こして辺りを見回せばホテルとかではないようで、恐らくは警部の家なのだろう。帰りたい。このまま警部が起きるより前に逃げ出したい。そんなことを考えて頭を抱えていると、ベッド横に無造作に置かれていた目覚ましがけたたましく鳴り始める。
「…何だ、起きたのか」
「ひゃあっ!!」
「そんな驚かなくても俺からは何もしてねぇよ」
「そうですか…。というかすみません、寝ちゃってそのままだったんですね私…!」
あくびをしながら警部が目覚ましを止めて私を見る。呆れたように息を吐きながら二日酔いは無いかと尋ねられて、ブンブンと首を横に振る。時間を見ればいつも起きる時間より少しだけ早くて、どうしていいか警部を見ていると面白そうに笑みを浮かべる。
「連れてこられた猫みたいだな」
「あながち間違ってないかと…!」
「まだ時間あるから、シャワー浴びておけ。さすがにそのままは嫌だろ」
「うっ…お借り、します」
「一時間後には出るからさっさと準備しろよ」
「はーい…」
職場のロッカーに服を一着入れていたことが救いだろうか。そんなことを思いながら、有りがたくシャワーを借りることにする。とりあえず警部からは何もされていないようだし多分大丈夫。多分。誰も私と警部が一緒だったなんて思わないだろう。ばちん、と軽く自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた。
2016.09.07