10年越しのプロポーズ

 
今から10年ぐらい前に、仕事でミスをした幼馴染をバーに誘った。元々彼がお酒を好きなことは知っていて、奢るから飲めば、と言って半ば無理矢理飲ませたあの日のことは昔のことのわりに覚えている。その数日後だっただろうか。私の家に薔薇の花が送られてきたのは。8本の、薔薇の花。送り主はそのお酒を飲ませた幼馴染で、意味を調べたところ8本の薔薇には『貴方の思いやり、励ましに感謝します』というものらしい。見た目に似合わず随分とロマンチックなことをする男だ、と思った。

(その翌月は、1本だったかしら?)

曖昧になる記憶を、頭の中の引き出しを開くように探り寄せる。8本の薔薇が送られてきた翌月に届いたのは、1本。果たして一本の薔薇を送るということの意味を知っているのか、と思いつつ花瓶に一輪の薔薇を生けた。
どうして薔薇の花を送ってくるのか、と思わなかったわけじゃない。ただ、なんとなく聞いてはいけないような気がした。何故、と言われても分からない。幼馴染だから、だろうか。微妙な彼の気持ちを読み取ることが出来たのは。

(あぁ、最初の誕生日の月は7本だったわね)

1本の薔薇が届いた翌月は、私の誕生日の月。別に期待していたわけじゃないし、むしろ忙しさ故に自分の誕生日なのことなんて忘れていた。けれども幼馴染はそうではなかったらしく、キッチリ私の誕生日に薔薇の花を送ってきた。7本の、薔薇を。
彼がどういう心理で送ってきたのかは分からないけれど、それからは毎月毎月キッチリ7本の薔薇の花が私の元に届いた。毎月届くソレが密かに楽しみになりつつある反面、申し訳なくも思うわけで。何も言わないけれど私的にはお礼の意味も兼ねて飲みに誘って奢ったりして、そんな関係が続いていた。それは、彼がとある組織に潜入することになっても変わらなくて。

(今思えば、組織に潜入していたのにどうやって送っていたのかしらね)

業者じゃ無くても、毎月送るように手続きなんて出来るのだろうか。そんなに頻繁に花を買うことなんて無かったし、きっとこれからも無いであろうから私がソレを知ることはこの先も無いのだろうけれど。
そんなこんな、毎月キッチリ七本送られていた薔薇の花は二年目の誕生日月からは11本へと変わっていた。ようするに。二年目以降は7本が11ヶ月、11本が1ヶ月で毎年88本の薔薇の花が私のもとに届いていたことになる。他にお金の使い道がないのか、と思ったけれどもそれは私も同じだ。FBIなんて仕事をしていれば、忙しさ故に休みは取りにくく、たまに取れた休みでも正直お金の使いどころは少ない。美容やらなんやらにお金をかけられる女と違って、男である幼馴染ならば尚更だろう。だからこそ、あんなバカみたいにお金のかかる車に乗っていられるのだろうけれど。

「もう、10年目になるのね」

つい先程届いた薔薇の花を見て、小さく呟く。最初の頃は私自身が花を扱うことに不慣れで、貰ってもすぐに枯らしてしまっていた。けれども貰い続けて10年にもなれば随分と慣れてくるもので、水切りや水揚げをすることに困ることは無くなった。
赤色の花弁に指先で触れれば、手触りの良さに頬を緩ませる。幼馴染とは、恋人同士なわけじゃない。むしろ、相手には恋人がいたこともある。本当に恋人として付き合っていた人と、仕事として付き合うもその後気持ちが恋慕へと変化した人。同時に二人の人を愛することは出来ない、なんて言っていたくせに私に薔薇の花を送り続けてくるというのは、特別視されているのま間違いないのだろう。それが、ただの親愛だとしても。

(本数に対する意味は、触れない方がいいのかしら……?)

私だって、女だ。昔は人並み程度に花言葉を調べたりしたこともあるし、薔薇の花なんてものはいわゆる女の子の憧れ。その意味を知らないわけが無かった。恋人がいるのに、そんな意味を持つ花を送りつけてくるわけがないと思う反面、最初に貰った八本の薔薇に意味を含ませて来たのだから、意味を分かって送っているのではないのだろうかと期待している自分がいる。

「来月になれば、分かるかしら?」

今日届いた薔薇の本数は、101本。今まで貰った薔薇の本数と、送られてきた本数ごとの意味。そして、今日貰った薔薇の本数。頭の中で今まで今まで貰った薔薇の本数を計算して、笑みを浮かべる。コレで、期待するなと言う方が無理だ。来月の誕生日が待ち遠しく思いながら、薔薇の花へと口付けた。

 + + +

「あら、珍しいわね。秀一がうちに来るなんて」
「駄目だったか?」
「いいえ? それよりもどうしたの、突然」
「今日は、誕生日だろう」

今日は珍しく仕事が早く上がれて、家に戻ってそんなに経たずに家のチャイムが鳴った。まさか毎月届く薔薇の花がもう来たのだろうか、と扉を開いてそこにいたのは秀一だった。いつもと同じ姿をした彼は、視線が合うなりたまには酒でも飲まないか、と言ってきた。チラリ、と彼の手元を見ても買ってきたのであろうお酒しか無くて、少しだけ期待した私がバカだったか、と思いつつ部屋に通す。何度も来たことがあるこの家の勝手には慣れていて、何も言わずとも家の中に入る。

「それで、今日は何を持って来たの?」
「バーボンだが……嫌いか?」
「別にお酒に好き嫌いは無いわよ。やっぱり、スコッチは飲めない?」
「まぁ、な……」

秀一がテーブルの上にお酒を置いて、椅子に座る。私がグラスと氷の入ったアイスペールをキッチンカウンターに置けば、秀一はソレをテーブルへと移動させる。秀一はアイスペールから氷をグラスに移して、私はその間に冷蔵庫から適当につまめそうなチーズやナッツ類を出してソレを皿に入れて差し出せば秀一は小さくお礼を言ってテーブルへと移動させた。
私自身があまりお酒を飲まないのにこうしてこの家につまみを常備しているのは、秀一に惚れた弱みだろうか。言えないまま、二十代を終えてしまったのだけれど。

「……飲まないのか?」
「飲むわよ。たまには、やけ酒でもしようかしら?」
「何か悩みでもあるのか?」
「そうねぇ……。何かあったかしら?」
「俺に聞くな」
「ふふっ、冗談よ」

しいて言うなら、今私の目の前にいるこの幼馴染にかれこれ10年以上片想いをしていることぐらいだろうか。幼馴染、という枠に甘えてその先に進むことが出来なかった私が、言えることではないのだけれど。
私が秀一と向かい合うようにして椅子に座れば、秀一はフッ、と口角を上げて私を見る。突然の笑みにどうしたの、と尋ねれば秀一は口角を上げたまま口を開いた。

「もう、こうして酒を飲むようになって随分経つんだと思ってな」
「そう、ねぇ……。仕事上難しいけど、普通なら子どもがいてもおかしくないわよね、お互い」
「そうだな……。お互い年を取ったものだ」

カラン、と秀一の持っているグラスから氷のぶつかる音が聞こえた。それぐらい静かな空間が、私と秀一を包む。けれど、決して嫌な雰囲気じゃない。幼馴染だからこそだろうか。何も言わなくても、間が持つというのは。
チラリ、とつまみを食べつつお酒を口に運ぶ秀一を見る。こうして見ると整った顔付きで、若いときとは違う渋さがまた格好良さを際立たせていると思うのは惚れた弱みだろうか。

「そういえば、昔にあげた薔薇は覚えているか」
「っ、は?」
「……何だ、覚えてないのか」
「いや、覚えてるけど……。何よ、突然」

 咽そうになるのを必死で堪えて、秀一に聞き返す。毎月毎月人に薔薇の花を送りつけていて、忘れろという方が無理な話だ。嬉しくはあるから、決して言わないけれど。

「アレの意味は、知っているのか」
「8本の薔薇は、思いやりにや励ましに感謝、だった筈よ? 送ってくる少し前にお酒奢ったものね」
「あぁ。もう、9年も前になるのか」

 懐かしむように、秀一がグラスの中を見る。次飲むなら注ぐわよ、と声をかければグラスが差し出される。と、いうことはまだ飲むつもりなのだろう。それで、その薔薇がどうしたの、と言いながら私は彼のグラスにお酒を注ぐ。

「その翌月は、1本だったな」
「えぇ。一目惚れ、なんて意味よね。会って随分と経ってるのに凄い意味のものを送られたわ」
「俺からすれば、一目惚れだったと思うんだがな」
「どうだか」
 恋人がいたことだってあるくせに。そう思っても、片想いをこじらせた私は送られてくる薔薇の花にずっと期待し続けていた。自らこの恋は終わらせたくない。幼馴染という距離に甘えた恋でも構わないと思って、ずっとその距離にいたのだから。

「7本の、意味は」
「ひそかな恋、ね」

 ひとつひとつ、秀一が確認をするように私に問う。まるで、今まで送り続けてきたものの答え合わせをするように。

「誕生日の月は、11本だったな」
「えぇ。1年間で88本よ?随分な出費じゃない?」
「こんな仕事をしていると、車ぐらいしか金の使い道が無くてな。それよりも、11本の意味は?」
「最愛、ね」

私の言葉を聞いて、秀一がフッ、と笑う。確認するように尋ねた本数の意味は、秀一は全て理解した上で私に送りつけていたらしい。けれど、確かに秀一には恋人がいて。今でこそいないけれど、私に薔薇を贈るようになってから出来た恋人だ。確かに、彼女らにも恋慕はあったのだろう。

「二人同時には、愛せないんじゃなかったの?」
「あぁ。俺は、そんなに器用な男じゃない」
「少なくとも、ただの幼馴染に送る花じゃないと思うけれど」

秀一が私を見ながら眉根を寄せて、私の方へと手を伸ばす。なぞるように頬に触れる指先はひんやりと冷たくて、お酒が入って紅潮した私の頬を冷ますようだった。

「幼馴染だと、思っていたんだ。花を送りつつも、俺はお前への気持ちを幼馴染への親愛だと思うようにしていた」
「意味を知っていて、私に薔薇の花を送っていたのに?」
「あぁ。奥底では好きだと思いつつ、幼馴染だという枠に収めて……最近、やっと自分の気持ちが整理出来た」
「秀一は、昔から不器用よねぇ」

全て自分で背負おうとしてしまって、言葉が足りないんだ。ジョディと別れるときだって、徐々に連絡を絶って自然消滅を狙えばいいのに、と思ったものだ。

「今までお前に送った薔薇の本数は、分かるか?」
「891本、ね。別にこの数字に意味は無かったと思うけど?」
「意味があるのは、残りの本数だ」

秀一がそう言った瞬間、家のチャイムが鳴る。そういえば、今月の薔薇はまだ届いてなかったっけ。そう思って立ち上がろうとすれば、秀一が私の腕を掴んで引き止める。

「秀一?」
「いい、俺が出る」
「いって、らっしゃい……」

いつもと同じ薔薇なら、私が受け取っても問題は無いのだと思うけれど。そんなことを思いつつ玄関に向かう秀一の背中を見送る。今まで貰った薔薇の花は、891本。秀一は、残りの本数と言っていた。彼は、私に何本の薔薇を贈るつもりだったのだろうか。

「さすがに、この本数になると重さもあるな」
「先月それと同じ量の薔薇を送ってきたのは誰よ」
「それは悪かった。まさかここまで重くなるとは思ってなかったんだ」

少しだけ申し訳無さそうに、秀一が玄関から戻ってくる。その腕に抱えられた薔薇の花束は、先月送られてきた薔薇の花と同じぐらいだろうか。前回も花瓶に生けるときに数えたから今の段階ではハッキリと分からないのが難点だ。

「今日のは、先月とは違う」
「あら、そうなの?」
「あぁ」

私が秀一の持つ薔薇を受け取ろうと立ち上がれば、秀一は薔薇を持ったまま膝をつく。突然のことに少しだけ驚いて秀一を見れば、なんとなくだけれど彼が緊張しているような気がした。多分、他の人には分からないぐらいの些細な違い。何故分かるのか、なんて問われても私にも分からない。

「この薔薇で、今までお前に渡した薔薇は999本になる」
「……999、本」
「あぁ。最初の年は、79本。2年目以降は88」
「10年目の最初の月だった3ヶ月前は7本、先月が101本だったわね?」
「あぁ」

本当に、不器用な人。ずっと、自分は彼にとって家族でも恋人でも無いけれど、それでも特別な存在であるということだけは分かっていた。そこらの女よりかは大事にされているし、秀一が疲れているときは分かりにくいけれど甘えてくることだってある。

「期待、するわよ。秀一とは恋人じゃないから、それがいいことなのかは分からないけれど」
「期待、してくれないか。108本の薔薇の意味、知らないわけじゃないだろう?」
「私は、秀一の口から聞きたいわ」

花を使った遠回しの言葉なんかよりも、秀一に言ってもらいたい。恋人じゃないからこそ、私の勝手な思い込みでこの花束を受け取りたくはない。

「俺と、結婚してくれないか。ずっと、好きだった。自分の気持ちにさえ気付けなかった男だが……共に、生きてくれないか」

赤い薔薇の花束を私に渡すように差し出しながら、真っ直ぐに私を見ながら秀一が言った。秀一の手にあるのは、108本の薔薇。その本数の意味は、結婚してください。
ずっと、期待してた。特別であることは分かっていても、それ以上の気持ちは私の想像でしかなかったから。それでも、秀一は私のことを想ってくれているのではないかと。

「これで、私が断ったらどうするのよ……」
「そしたら、そのときはキッパリ諦めるつもりだ。仕事も、極力顔を会わせずに済むようにする」
「バカ、」

恥ずかしさと、泣きそうになるのを堪えるように両手で顔を隠す。きっと、秀一には私がどんな表情をしているかなんて見透かしているのだろうけれど。
堪えるつもりだったのに、嬉しさからか私の頬を涙が伝う。十数年好きだった相手から、こんなことを言われて嬉しくないわけがない。

「受け取って、くれないか」
「秀一の、バカ……。受け取るわよ、」

あんまり顔を見られたくなくて、視線を逸らしたまま差し出された花束を受け取る。ずっしりとした重みが、たまらなく嬉しい。秀一から108本の薔薇を貰うなんて、コレ以上の誕生日プレゼントはないかもしれない。

「左手、出せるか?」
「左、手?」
「あぁ」

秀一は膝をついたまま、私の左手に触れる。片手で花束を抱えて左手を秀一に向けて差し出せば、指先に口付けられた。

「秀一……?」

 何をするのか、と思いながら彼の行動を見ていると、秀一はポケットから小さな箱を取り出した。今までずっとソコに入れていたのだろうか。その小さな箱が開けられて、息を飲む。中から取り出されたものは、秀一が触れていた私の左手の、薬指へとつけられた。

「秀一、コレ……」
「プロポーズをするのに、指輪は必要だろう?」
「そう、だけど……。コレ、本物じゃない? 私が断ったらどうするのよ……」
「そのときは、そのときだな」

薬指にはめられた指輪に付いている石は、どう見ても本物で。そんな本物のダイヤなんかがついた指輪を、断られる可能性だってあるのに贈ろうと思うなんてどんな男なのかしら。そんなことを思いながら、私の表情を見ながら笑みを浮かべるその人物を見る。
秀一は確かに指輪をしてくれていることを確認するように私の指先を見て、指輪の上に口付けを落とす。

「恋人じゃない、とか……考えなかったの?」
「考えたさ。だが、贈り主が分かっていてそれでも返品をしてこなかったから脈はあるのかと想ってな」
「バカ、」

 ただ花を貰うのが嬉しいだけだったら、どうするつもりだったのか。結局私は秀一のことが好きだから、それでもいいのだけれど。

「999本の薔薇の意味は、知っているだろう?」
「何度生まれ変わっても、貴方を愛す。信じて、いいかしら?」
「あぁ。遠回りをするかもしれないが、隣にいてくれ」

私の左手を取ったまま、秀一が立ち上がる。並んで立つと少しだけ見上げることになる秀一の顔を見ていると、視線が交わって。口角を上げた秀一が、私の額にキスをした。

「好きよ、秀一。ずっと昔から」
「あぁ、俺もだ」

薔薇の花を両腕に抱え直して、軽く秀一に寄り掛かる。瞬間、彼に私の腰を引き寄せられて見上げるように顔を上げれば、今度は唇を塞がれる。ずっと隣にいたのに、初めて触れる温もり。どうして、こんなにも遠回りをしてしまったのだろうか。それ故に、夢なんじゃないかと、思うぐらいだ。角度を変えて何度も触れられる温もりに、私は頬を緩めた。

2017.06.22