色気のない求婚を
星が浮かぶ空を見上げて、ハッ、と息を吐く。まだ昼間は暑い日もあるけれど真夏に比べて涼しくなってきたし、何より日が沈むのが早くなった気がする。
(夜ご飯どうしようかなー……)
残業をしていて会社を出るのが遅くなり、現在時刻は20時を過ぎてむしろ21時前。それなりに自炊はしているもののさすがに今から帰って作るのは面倒くさいからもうコンビニ辺りで適当に何かを買おうか、なんて思いながら夜の街を歩く。刹那。
「名前、」
「っ、え、」
腕を引かれながら、名前を呼ばれる。随分と久しく聞いていなかった声に身体が強張って、けれど姿を見るのと同時に安堵の息を吐く。聞きなれた声の持ち主は私の幼馴染で、仕事が忙しくなるということで会うのは数年ぶりだろうか。
「え、久しぶり、だね……?」
「何で疑問形なんだよ」
「や、久しぶりすぎて驚きの方が大きい」
はぁ、と面倒くさそうに幼馴染が息を吐く。相変わらず端正な顔つきで、いっそ目つぶしでもしてやろうか、なんてことを思いながら幼馴染を見上げる。私と視線が交わると彼は眼を細めて安心したように少しだけ口角を上げた。
「ちゃんと食べてるのか?」
「食べてるよ。むしろ零の方が食べてないんじゃない?」
「否定は出来ないな……。仕事帰りか?」
「そうだよ。零も?」
「あぁ」
零は私の手を取って、当たり前のように指を絡めて手を繋ぐ。もう年単位で会ってなかったから私自身完全に忘れていたけれどそういえばこの幼馴染恋人だったな、なんて他人事のように彼を見れば、昔から勘の良かった彼は察したらしく容赦なく私と繋いでいる手と反対の手で頬を引っ張る。
「お前今忘れてただろ」
「いひゃい」
「痛くしてるんだ。ったく……こんないい男捕まえておいて忘れるなよ」
「年単位で会えない零が悪くない?自然消滅したと思うでしょ」
幼馴染だから守秘義務というものはあるけれど他人よりかは零の仕事を知っているから会えなくなる、ということは知っていたし、まぁ零のことだから自然消滅を狙うことは無いだろうな、とは考えていた。まぁ会わなさすぎて完全に記憶の外に追いやられていたのは確かなのだけれど。
手を繋いだまま零が脚を進め始めて、少しばかり引っ張られるように私も脚を進める。どこに行くの、と彼に尋ねれば俺の車、とそっけなく返事がされたけれど、その後の行き先が聞きたいんだよ、心の中で悪態をつく。
「数年ほったらかしにしてた恋人に何の用なの」
「お前、私のこと忘れてなかったんだ、みたいな感動はないのか」
「あるわけないだろむしろあると思ってる方が凄いわ」
「知ってた」
なぜ聞いたし。心底面倒くさい、と思いつつも多少の悪態をついても零も私の性格を知っているし逆もしかりなのでまぁ気を許せる相手の小言だと思って見逃してもらいたい。
零が行き着いた先は零のと思われる車でまた随分高い車ですね、なんて思いながら助手席に案内されて大人しくそこに座る。今さらだけど時間あるよな?なんてなんで最初に聞かないの、あるけど、と返せば満足したのか扉を閉めて零が反対側の運転席に座る。
「で、もう一回聞くけど何の用なの」
「仕事、忙しいのか?」
「仕事?時期的なものでちょっと残業はしたけど、普通じゃない?零ほどじゃないわよ」
「……ずっと追ってた件、片付いた」
「うぇ、え、は!?」
車を走らせ始めた零の口から出た言葉に、変な声を出す。零が追っていた件、というのは私も知っていて、というか彼とも幼馴染だ。本当はそういうことは知らされないのだけれど、零はその現場に居合わせたことと私が親族にも絶対に漏らさないと分かっている上で教えてくれた。仕事状あることだ、なんて言っていたけれどある意味では零が一番ソレに囚われていたことも、私は知っていた。それが、片付いたと。
「えーっと、マジ?」
「嘘言ってどうするんだ」
「そう、だけどさ……。そっか、アイツも成仏できるといいね」
「……そうだな」
「え、泣く?思い出して泣く?胸なら貸すよ?」
「無い胸だろ」
「ここ数年育てることもなかったからな!!」
お前が触ったのが最後だよ、と声を大にして言えばツボに入ったのか零が肩を震わせながら笑う。こちらとしては恋人が会わない間も浮気してなかったんだ喜べよ、という気持ちでいっぱいである。
わざわざ報告に来たの、と一度息を吐いて零に尋ねれば、零は眉根を寄せながらけじめを付けに来た、と。何かあったっけなぁ、なんて流れる景色を横目に思っていれば、零が車を駐車場止める。入った敷地はマンションに見えるけれど、これもまた零の家なのだろうか。
「ホントは、もっと早くに言いたかったんだが……遅くなった」
「はぁ」
「……あー、名前、」
「なんでしょう」
口元を手で覆って、真面目に話すつもりはあるみたいだけれどどこか決心がつかないのか。それとも羞恥心か、真面目な空気か。名前を呼ばれて腕を引かれて、零の腕の中に閉じ込められる。布越しに伝わる心音がやけに早く感じて、同時に久しぶりに零に触れる私も鼓動も多分早い。
「……結婚、してくれないか」
耳元で囁かれた言葉に、零の服を掴む。そして、反復。結婚。してくれと。
「……は?」
「……嫌か、」
「や、嫌じゃない、けど……え?そういうアレ?」
零の腕の中から彼を見上げれば、彼は照れているらしく少しだけ頬を赤くしてこちらを見ている。悪いか、とぶっきらぼうに答える姿を見て頬を緩め、返事をするように自ら彼の唇を塞ぐ。刹那、彼の手が私の後頭部に回されて容赦なく逃げられないようにされた。
「っ、んん……!ふ、っ……れい、」
「はっ……部屋、行くだろ」
「待っ……それ、最初から狙って、」
「当たり前だろ。それとも、車の中がいいか?」
それだけはやめてくれ。そう彼に言うより先に唇を塞がれて、とりあえず盛った目の前の男を止めるべくお腹に拳を入れた。
2017.09.26