君のいなくなった日に
幼馴染が、死んだ。組織との戦いの中で、命を落とした。俺がその場に着いたときにはもう遅く、横たわる彼女に息は無かった。彼女の手を握れば、少しだけ体温が残っていた。それも、徐々に失っていったのだが。
その冷たくなっていく手を握って、初めて気付いた。今まで生きてきて嫌な顔ひとつせずに隣にいてくれた彼女が、好きだったのだと。
彼女への想いに気付いて、もうすぐ1年になる。アイツがいなくても時間は無情にも進んでいき、組織が無くなったこともあって以前よりかは平穏が戻りつつあった。月命日ごとに墓石に手向ける花は、生前彼女が好きだと言っていたもの。毎月俺よりも先に手向けている人間がいるみたいだが、さすがに誰かまでは把握していない。ただ、愛想の良かった彼女はわりと誰からでも好かれていたような気がする。
「名前……」
墓石の前で、彼女の名前を呼ぶ。もしお前がここにいたならば、なんと言うだろうか。いい加減前に進めと、怒られるのだろうか。
(もう、それも叶わない、)
煙草は程々にしろだとか、酒は飲み過ぎるなだとか、隈が酷いんだからさっさと寝ろとか、よく怒られていたことを思い出す。怒られていた、と言ってもどちらかといえば俺は聞き流していたのだが。
恋人だったわけじゃない。それでも、まだ幼い頃に一度だけ交わした約束があった。子供じみた、大人になったら結婚しよう、なんて約束。それを思い出したのは、彼女を失ってからだった。彼女の首にあった、約束したときの指輪。子ども用の、おもちゃの指輪を。
「お前は……ずっと覚えていたのか」
声をかけても、当たり前のように返事はない。幼いころの約束を、待ち続けてくれていたのだろうか。俺が、忘れているとも知らずに。
(いや、違うな……)
多分、気付いていた。俺がその約束を忘れていることを。それでもいいと、思ってくれていたのだろうか。名前がどう思っていたのかは、効くことは叶わない。
「また、来月に来る」
手向けた花に指先で触れて、告げる。来月は、もう少し早い時間に来よう。そう、思いながら。
+ + +
「……あ」
毎月訪れていた時間より、少し早く彼女の墓へと来た。少しだけ、俺よりも早く来ているのは誰なのか気になった、という気持ちもあったのかもしれない。そして、その人物は墓の前にいた。俺を見て、小さく声を漏らしたのは向こうだった。
「え、何。墓参り?私の?」
「……名前?」
驚いたように俺を見ながら言う名前。何故、ここにいるのか。確かに俺は一年前、わずかに体温が残った彼女の手を握り、その死を確認したというのに。
「名前、」
「えっ…え、何?どしたの?秀一?」
声も、姿も、確かに名前だ。あのとき見た血まみれの姿は、嘘だったんじゃないかというぐらいに。
腕を引いて、抱き寄せて。触れられることに安堵する。名前が小さく息を吐いて、俺の背中へと腕を回す。小さな子どもをあやすように背中を叩いて。
「ホントは、名前じゃないんだけどね」
「何……?」
「名前変えて、生活してるの。何があるか分からないから」
「生きて、いたのか……」
「生きてるよ。そっか、秀一には知らされてなかったんだね」
ボスには一応言ってたんだけどね、そう言って笑う名前の顔を見て、確かに彼女だと思った。変装、なんかじゃない。
「相変わらず、酷い隈。ちゃんと寝てる?」
「俺は、ずっと傍にいた幼馴染が死んですぐに立ち直れる程出来た大人じゃない」
「ありがと。でも、それとこれは別」
名前の手が、俺の頬に触れる。クスリと笑う彼女が少しだけ楽しげに見えるのは、気のせいだろうか。今日からは安心して眠れるね、と呟かれて、息を吐く。
「一緒には、寝てくれないのか」
「やだ、一緒に寝たいの?」
「傍に、いてくれ。俺の前からいなくなるな…」
自分でも、絞りだすような声だと思った。俺に比べて随分と小さな名前を抱きしめて、名前を呼ぶ。もう二度と、会えるわけがないと思っていた。名前を呼んでも、返事がくることなんてないと。
「頼むから、俺より先に逝くな…!」
「大丈夫だよ。今は危ない仕事じゃないから」
「傍に、いてくれないか。もう、あんな思いはゴメンだ」
冷たくなった手を握って、何度も謝罪をした。もう少し早くそこに着くことが出来たら。一人で、行動させなかったら。せめて、自分の気持ちに気づけていたら。想いを、告げることができていたのなら。何度、そう思っただろうか。何度、後悔しただろうか。
「すっごい告白。いいよ、傍にいる」
「意味が、分かっているのか」
「え?」
腕の力を緩めて、名前の唇に指先で触れる。俺を見上げて首を傾げる彼女に息を吐いて、唇を塞ぐ。身体を押して抵抗しようとするのを抑えつけて、角度を変えながら何度も塞ぐ。
「ふっ…んん、秀、」
「……こういうことだが、それでもいいのか」
「っ、いい、の?私で…」
「名前が、いいんだ」
「…ありがと。お墓参り、しよっか」
私のお墓参り。そう言って手を取る名前の姿を見て、口角を上げる。自分の墓参りとはどういうことだ、と言いたくなったが、一応は死んだことになっているのだから間違ってはいない。いつの間にか落としていた花を拾い上げて、墓石へと手向けた。
2017.07.23