真夜中のプロポーズ

 
「恋人に会いたい……」
「会いたきゃさっさと仕事しろ」
「してもしても会えない恋人にそろそろ私の身体枯れそう」
「年単位で会ってない時点で枯れてるだろ」
「恋人いない降谷に言われたくないぃいいい」

スパンッ、と呆れたように私の頭を書類で頭を叩く降谷を睨む。恋人がいない降谷とは違い私は恋人がいるんだ。少しぐらい休み取って精神的な栄養を補給させてほしい。たとえその栄養を補給したところで、目の前の書類が減るわけではないのだけれど。

「そもそもこういうところにいて恋人作る方がダメだったんだよ知ってた……」
「そんなに会ってないのか」
「降谷が潜入してた組織の件解決してから会ってないけど。むしろ自然消滅になってそうで怖い」
「あー……」

あるある、そういうの。降谷が遠い目をしながら小さく呟く。こういう仕事をしていることはあまり人に言えるものではないし、下手すれば普通の事務仕事だと偽っている場合だってある。しかし実際は普通の事務仕事ではないしそもそもそんなに時間が取れない。どこかに潜入するとなれば数ヶ月単位で会えないなんて普通だ。そりゃあ自然消滅もする。
今の恋人は降谷が潜入してた組織の件で会った人で、そもそも彼もその組織を追っていた。私が降谷の同期だということは知っていたし、仕事もしっていた。何より彼もアメリカの警察機関に身を置く人間だ。長期間連絡が取れないことがあるのはお互いに分かりきっている。

「でもやっぱり三年会ってないと自然消滅かな……」
「……アイツは多分無いと思うぞ」
「どうしよう降谷が優しい…。明日嵐でも来るんじゃないの…」
「というか、アイツどう見ても執着心やばいだろ。組織の件しかり」
「oh……」

そういえばあの人もそんなことしてたな、と当時のことを思い出しながら思う。その頃は接点なんて無かったしむしろ降谷が言いたい放題言うだけあってどんな人なんだよ赤井秀一、と思っていたぐらいである。まぁいざ会って話してるうちに思ってたのと違うな、なんて思い始めてなんやかんや恋人になったわけだ。それを知ったときの降谷はちょっと面倒くさかった。

「降谷ちょっとそのまま」
「何だ?」
「セクハラ失礼」

立っている降谷の真正面に立って、そのまま抱きつく。彼もボクシングをやっているから鍛えてはいるし、一般男性に比べて背は高い方だ。しかし。

「うーん、やっぱ違うなぁ……」
「そりゃあそうだろ。作りが違う」
「秀一さんハーフだもんねぇ。バカみたいに脚長い」
「俺も長いから当たった悪いな」
「ちょ、蹴らなくてもいいじゃん!」
「変なことしてないで仕事しろ仕事」
「うぇえええ……」

もうやだお家に帰りたい、と机に突っ伏して駄々をこねるけどもそれで仕事が減るわけじゃない。むしろ進めなければ溜まる一方で、呆れたように降谷が息を吐いた。

「文明の機器があるんだから、電話ぐらいしてみろ」
「向こうの治安クソみたいに悪いで忙しい中平和な国から電話するのもって考えるとさー…」
「あぁ、そういえばそうだったな……」
「でしょー…。なんかそれで電話しなかったら今大丈夫かなぁって思っちゃってしにくい」
「そりゃそうだ」

私の中にまだ彼への気持ちはあるし、会いたいし甘やかされたい。あの心地が良い低い声で名前を呼んで欲しいし、それ以上のことも求めたい気持ちはある。随分とわがままな女だなぁと思わなくもない。

「ちょっと秀一さんにフラれたら降谷になぐさめてもらうか……」
「笑えない冗談はやめておけ。あと、お前少し寝てこい。大分頭おかしい」
「それはいつものことだよ問題ない」
「ある」

スパンッ、といい音をさせながら書類で頭を叩かれる。我ながらメンタル的に弱ってるなぁと思わなくはないけどこんな忙しいのに仮眠なんか取ってられるか、という状態だ。そもそも降谷だってまだ仕事が溜まっているだろうに。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お前がちょっと寝てたぐらいでこっちは倒れないから安心しろ、と言われて苦笑いをする。確かにこういう職だと仮眠したりされたりはある意味ではお互い様だ。

「一時間経ったら起こして……」
「せめて仮眠室行け」

スパン、と合計三回目の叩かれる音が部屋に響いた。

 + + +

「で、彼女どうするんですか」
「……問題は電話が繋がるかだな」
「なんだかんだ、降谷さん甘いですよね」
「同期だからな、」

スマホをタップして、いけ好かない男の電話番号を探す。警察学校時代に仲の良かった奴らは、次々と殉職していった。異性としての情は無いけれども、親愛としての情ならある。ある意味では、家族以上の。妹のような存在で、こんな仕事をするんじゃなくていっそ結婚でもして平和に行きていてほしいと言いたいぐらいだ。彼女は、仕事を辞めるつもりは毛頭無いだろうが。

「あぁ、あった、」

俺からアイツに連絡を取るのは、いつ以来だろうか。下手すればそれこそ組織にいた頃なのではないだろうか。数字の羅列をタップして、相手を呼び出す。今日本は23時過ぎで、向こうでは朝だ。文句を言われてもある意味では向こうにも非がある。それにコイツなら多少の悪態をついても気にしないだろう。コール音が消え、相手の声か聞こえてくる。君か、と久しぶりに聞いた声は昔と変わりない。

『ちょうど、君に電話をしようと思っていたところだったんだ』
「俺より彼女に電話するのが先だろ」
『その件で君に意見を聞きたくてな…』
「はぁ?」

少し深刻そうな声色に、聞き返した俺は間違っていないと思う。

 + + +

仮眠することに慣れているからなのか、一時間で起こしてと言ったけれどキッチリ一時間で自ら起きてしまうのが悲しいところ。また書類の山に向かうのか、とあくびをこぼして口元に手を当てて気付く。左手の薬指に、指輪がされていることに。

(え、誰のイタズラよこれ)

シンプルなそれは男性でも付けられそうなデザインで、同じ部署の誰かのイタズラだろうか。人にもよるけれど降谷とかだったらどうせ未婚ですよすみませんね、と投げ渡してやろうか、とベッドがら出て背伸びをする。刹那、外からノック音がして風見の声がしたので扉を開けば驚いたように見られた。

「起きていたんですか、」
「キッカリ一時間で目覚めちゃった。っていうかノックじゃ起きないでしょ」
「一応、女性が寝ているところに入るものですから…」
「気にしなくていいのに。降谷とか問答無用で毛布引っぺがすよ」
「あの人は……」

はぁ、と息を吐きながら頭を抱える風見を見て苦笑いをする。あんなのが上司だと、部下が苦労するだろう。仕事の進歩どうなの、と私が風見に聞けば彼は少し遠い目をした。

「降谷さんに来客とかで席を外してしまって…」
「うわぁ…。ドンマイ…。え、ってかこの時間に…?」
「えぇ。なんか人来るから、と言ってました。あと貴方を起こしたあとに連れてこいと」
「私?え、誰が来てるんだろう…」
「さぁ…。お茶も何もいらないから、とだけ言って応接に入ってしまったので」

この時間だからお偉いさんでないことは確かだけれどもう日付が変わるというのに妙なものだ。風見に連れて行かれるように応接室に向かい、扉をノックしようとしてその手が止まる。ガタタッ、と中から音がして、ノックよりも先に扉の手をかけ、失礼を承知でその扉を開く。

「…………え」
「なんだ、起きたのか」
「久しぶりだな、」

バンッ、と大きな音を立てて扉を閉めた私は悪くないと思いたい。咄嗟に私が扉を開けたため斜め後ろにいた風見も眉根を寄せて扉を指差し私を見る。私も中にいた人が理解できず、眉根を寄せて風見に向けて首を振る。知らない、私は知らない。なぜここに、あの人がいるのか。

「風見、聞いてる…?」
「いえ…。ただ客が来る、としか…」
「え、待って無理私寝起きなんだけどせめて化粧直ししたい」
「しなくていいからさっさと入って来い」
「ひゃあっ!」

バッ、と急に扉が開いて、降谷の声がした。私は戻りますね、と風見が消えて、この裏切り者、と言いたくなったけれど多分風見は職務を全うしただけだ。多分悪くない。

「なんで、ここに……」
「青狸のひみつ道具で呼び出した」
「今そういうおふざけいらないにですけど!?」

扉を閉めながらふざける降谷に声を大にして言えば視線をそらしながら冗談だろ、と呆れたように言った。今冗談を言えるこの神経は正直見習いたいものがある。ふいに部屋にいたもう一人の人、秀一さんに名前を呼ばれてビクリと肩が震える。会うのも話すのも久しぶりすぎて、どうしたらいいのか分からずに視線を彷徨わせる。コツ、と革靴の音がして、彼が私の目の前に立つ。ふわりと香る匂いが懐かしくて、ホントに秀一さんなんだなぁということを思う。

「あんまり変なことすると、ここ監視カメラあるからバレるぞ」
「警備がガッチガチだな」
「そりゃそうだろ。警察庁の中だぞ」

とりあえず座るぞ、と言った降谷の言葉でハッと我に返る。応接室も万が一のことがあるから監視カメラは設置してあって、それこそ逢瀬のようなものをしようものならアウトだろう。

「二人きりにはしてくれないのか」
「するわけないだろ。三年ぶりとかだろ会うの。変なことされても困る」
「これはまた信頼がないな」
「あるわけないだろ」

むしろあると思ってるのか。私の隣でドスが聞いた声で言う降谷さんに、身を縮こませる。そもそも秀一さんは何故ここにいるのか。仕事はどうしたのだろうか。いろいろと疑問点が多いだけに私はただ2人を見る。

「そもそも、まともに連絡してなかった奴がいきなり出てきて俺にくれ?ふざけてるのかお前は!」
「だから悪かったと言っているだろう」
「謝るのは俺じゃないだろ!」

ヒエッ、と声が漏れそうなのをなんとか堪えて降谷さんを見る。身を乗り出して秀一さんの胸ぐらを掴んだ降谷さんは、今にも殴りかかりそうだ。監視カメラがあるから、大丈夫だとは思うけど。

「……え、俺にくれ?」

降谷から出た言葉に引っかかって、それを復唱する。降谷の言い方からして、それは秀一さんが降谷に言ったということで。私の言葉に、2人は私を凝視する。何言ってるんだ、という顔をする降谷と、しまった、という顔をする秀一さん。

「え、え、どういうこと…」
「?指輪してるってことは言われたんじゃないのか?」
「え、これ誰かのイタズラだと思ってたんだけど…え?」

忘れてそのままになっていた指輪と、秀一さんを見比べる。秀一さんは両手を上げて、苦笑いを浮かべる。降谷も秀一さんの方を見ていて、多分私も降谷も状況を理解していない。

「寝てるのを起こすのも悪いと思って、指輪だけさせた」
「言えよそこは!!」
「結婚してくれないか」
「今言うなよ!!!!!」

降谷さんに胸ぐらを掴まれ、両手を上げたまま私に言う秀一さんに苦笑いを返す。寝ている間にはめられた指輪はイタズラなんかではなく、真面目につけたものだったらしい。ムードとか考えろよ、と半ば怒鳴るように秀一さんに言う降谷さんを視界の端に捉えつつ、こういうものをくれてなおかつプロポーズまでされたということは自然消滅とかいらない心配だったな、と頬を緩めてリングにキスをした。

2017.11.29