止まらない鼓動
キリのいいところまで仕事をして帰ろう、と思っていたら、いつの間にか時間がかなり経っていた。集中が切れた途端、どっと襲ってくる眠気。手で隠しながらあくびをして、少し仮眠を取ろうと思いながら立ち上がった。
(あ……)
瞬間、少しだけ視界が歪む。咄嗟に机に手を付いて倒れずには済んだけれど、バサバサと音を立てて床に散らばった書類を見て息を吐く。順番もバラバラになった書類を集めて、無造作に机に置く。そんなことをしている間になんとか眩暈は収まって、小さく息を吐いて仮眠室へと向かった。
+ + +
「ん……」
人の気配に、目を覚ます。目を開けて確認すると目の前にスーツの人が座っていて。誰だろう、と顔を上げた瞬間、相手の顔を見て飛び起きる。
「も、諸伏警部…っ、ぁ」
急に起き上がったからだろうか。さっきと同じように視界が歪む。そのとき、視界がグラつく私の身体は諸伏警部に支えられていた。ふわりといい香りがして、それに気付いた途端、私の顔が熱を持つのを感じた。
「す、すみませんっ…!」
「いえ。それよりも、身体は大丈夫ですか?」
「はいっ…!あ、あの、もう支えなくても…」
起き上がったときに視界が歪んだ私は、横に座っていた諸伏警部に引き寄せられて腕の中にいる。このままの体勢で話すのは恥ずかしくて、いつもより近い距離に警部にも聞こえそうなぐらい、心臓がうるさい。
「体調、悪かったんですか?」
「いえ…。ただの低血圧です。すみません、ご心配おかけしました」
「昔から、ですか?」
「はい。多分、体質だとは思うんですけど…」
離れようと諸伏警部の身体を押してみるけれどビクともしなくて、見た目以上に身体はしっかりとしていることを知る。どうしたものか、と極力視線を合わせないようにしながら考えていると突然引き寄せられて、腕の中に閉じ込められる。どうしよう、鼓動が、すごく早い。
「大和君から、貴方が青い顔をして仮眠室に行ったと聞いて…心臓が止まるかと思いました」
「えっ……。す、すみません…。ちょっと、目眩起こしただけです…」
「女性なんですから、もう少し身体にも気を使ってください」
「すみません…」
別に、警部は怒ってるわけじゃないと思う。本当に心配した、というのが声色で分かる。けれど、こんなのが部下で迷惑じゃないだろうか。そんなことを思って、ぎゅっと警部のスーツを握る。
「もう、顔色も悪くありませんね」
「は、い……」
「帰る準備、すぐに出来ますか?送っていきます」
「送っ…いや、大丈夫です…!一人で帰れます…!」
「貴方が大丈夫でも私が気になるんで、送らせてください。いいですか?」
「っ、」
腕の中から開放されて安心したけれど、諸伏警部が私の頬に触れてキスでもするんじゃないかっていう距離で同意を得る。咄嗟に言葉なんか出てこなくて、ただ首を縦に振る。すると、諸伏警部は満足したのか笑みを浮かべて私から離れた。
「もう少し、そこで転がってなさい。帰る用意をしてきます」
「あ、あの、私も帰る用意っ……」
「貴方の帰る用意は私が付き添います。入れ違いになっても困りますから」
「は、はい……」
「では、後程」
満足そうに言う諸伏警部が仮眠室から出るのを見て、布団に突っ伏す。未だにバクバクと鳴る心臓が、うるさい。
2016.04.30