絶望の淵に沈む
*罠にかかった獲物の続き
ベッドだけが置かれている真っ白な部屋に、私は座っていた。私が座っているベッドの上には、拳銃が1つ。いつも私を悲しげに抱く銀髪のあの男が、何かあったら使えと言って置いていった。きっと、彼が私を守ることは出来ないということを見越してのことなのだろう。誘拐された身でありながら、私は彼に大事にされていたとは思う。
(そろそろ、ここに辿り着いて来るかな……)
ここに一番最初に訪れるのは、誰だろうか。秀一だと嬉しいけれど、少しだけ、複雑だ。いっそのこと、全てを知って嫌いになってくれればいい。そうすれば、私は迷わずにこの拳銃の引き金を引ける。
バンッ、と荒々しい音がして、扉が開かれる。そこにいたのはやっぱり秀一で、息を切らして、私の姿を確認していた。
「っ、名前…?」
「うん。久しぶり、秀一」
私であることを確かめるように、秀一は私の名前を呼んだ。黒の組織、というには似つかわしくない真っ白なワンピースで、私は秀一を出迎えた。いわば、これは私の死に装束のつもりだ。
私はいつもと同じように笑みを浮かべて、拳銃を取り出す。一瞬秀一が自分に向けられると思ったのか警戒したけれど、秀一を裏切るように私は銃口を自分の頭へと向ける。
「名前、何をっ…」
「私ね。もう、秀一に愛される資格なんてないの」
「ジンに、抱かれたか…?」
「さすがね。うん、だから。ごめんね?」
ぽたり、と涙が頬を伝う。一瞬でも、あの銀髪の男になら慰みにされても構わないと思ってしまった私だから。人差し指に、力を込めた。
+ + +
「名前、そろそろご飯にしましょう?」
「あ、はい」
ジョディに呼ばれて、作業をしていた手を止める。私は結局あのとき、死ねなかった。わざとなのかは分からないけれど、ジンがくれた拳銃の一発目は空砲だった。それを確認しなかった私も、悪いのだけれど。
何故彼が一発目を空砲にしたのかは分からない。もしかしたら彼は、すべてを見透かしていたのだろうか。それを察して、空砲にしていたのだろうか。私を、生かす為に。
(なんて、都合が良すぎるかしら?)
あれからもう二か月程経ったけれど、ときどきあの男を思い出す。秀一は、私がいてくれさえすればそれでいいと言ってくれた。私の中の彼を上書きするように、何度も名前を呼んだ。私は、なんて酷い女だろうか。
「……葬儀、やってるのね」
「みたい、ね」
外に出て、真っ先に視界に入ったソレ。喪服の人が、チラチラと外に出始めている。今から、出棺なのだろうか。中には泣いている人がいた。
死というものは、突然私たちを襲う。私は結局ジンがそのあとどうなったのかは知らない。けれど、恐らくはもう二度と会うことはないのだろう。ならば、私からして彼は死んだようなものだ。
「行きましょうか」
「そう、ね」
あまりジロジロと見るのも悪いだろう。私たちは止めていた脚を動かし始める。刹那、華の香りだろうか。風に乗って、甘い香りが漂う。同時に、突然の吐き気が私を襲う。ジョディにちょっとトイレ借りてくる、と言って近くのコンビニに入ってトイレに駆け込んだ。
(吐き気がするときって、身体の何が悪いんだっけ……)
空っぽの胃から出てくる黄色い液体が水と混ざり合うのを見ながら思う。食べ過ぎ、飲み過ぎ、ストレス、乗り物酔い、食中毒、薬の副作用。思いつくものに心当たりがあるかを考え、可能性を消していく。そして、ふと1つの言葉が頭を過る。
(それは…どっち、の……?)
その言葉が頭を過るのと同時に、女性特有のソレがジンから解放されてから全く来ていないことに気付く。じわり、と脂汗が滲むのが分かる。もし仮に、私のお腹に赤ちゃんがいたとして。果たしてそれはどっちの子どもなのだろう。どっちにも、可能性はある。
(まさか、コレを狙ってたの……?)
彼が決して避妊具を付けなかったのも。私に渡した拳銃の一発目を空砲にしていたのも。全部、コレが目的だったのだとしたら。
「ずるい、なぁ……」
貴方はもういないのに。もし本当にお腹に子どもがいて、それがあの男の子どもなら。きっと私は、いつまでも彼を重ねるのだろう。勿論、お腹の子どもが秀一の可能性だってある。けれど、ジンの可能性だってゼロじゃない。
秀一には何と言って説明をすればいいのだろうか。
落ちてきそうになる涙を拭いながら、私は水に消えゆく吐しゃ物を眺めていた。
2016.02.10