彼女の裏側03
*安室さん視点
「蘭ちゃん、後ろ」
「えっ、あ…ありがとう、ございます」
こういうとき、一体どんな反応をするのが正解だったのだろうか。ポアロの常連である猫被りが得意な彼女と一応、一応であるが師である毛利さんの娘の蘭さんが一緒にいたから声をかけようとしたとき。彼女はやけに慣れた手つきで蘭さんの腰を引き寄せてすれ違う人にぶつからないようにしていた。
「あれ、安室さん。お買い物ですか?」
「えぇ、まぁ…。それにしても、随分と慣れた手つきでしたね」
「安室さんほどじゃ、ありませんよ」
クスクスと、猫を被っていないときが想像出来ないように可愛らしく彼女が笑う。蘭さんがお知り合いだったんですか!?と何かを期待するような目で見ていたけれど、別にそういう関係ではない。彼女もそれに気付いたのか、私がよくポアロに行くから、いろいろよくしてもらってるの、と言う。
「今日はお二人で買い物ですか?」
「最初は一人だったんですけど、蘭ちゃんが夕飯の材料買いにいくって言ってたから私は荷物持ちです」
女の子一人で持つのも嫌でしょう、と彼女が言った。僕から見れば、貴方も女性なんですけどね。そう言いたいのを堪えて、そうしてると、姉妹みたいですね、と言えば蘭さんが確かにお姉さんみたいですね、と笑った。
「じゃあ、安室さんはお兄さんにでもなっておきます?」
「それは、蘭さんの義理の、でいいんですか?」
「あら、じゃあ私とも義理かしら?」
「いいえ?夫婦とかどうです?」
「それは、口説かれてると思っても?」
ポアロでも安室さんは人気があるから、女の子に嫉妬されちゃいそう。
柔らかい笑みを浮かべながらそう言ってみせる彼女から、あのときの口調は想像がつかない。猫かぶりが本当にうまいものだ。
そう思っていると、突然蘭さんが声を上げた。
「私もう家まですぐそこですし帰りますねっ…!ごゆっくり!」
「えっ、ちょ……行っちゃった」
蘭さんは彼女の持っていた荷物も取って、パタパタと早足で家の方へと向かった。茫然とする彼女がどこかおかしくて、肩を震わせて笑う。
「何だったんだ……」
「多分、僕たちの関係をそういうことにしたいとかじゃないんですか?」
ほら、若いコってそういうの好きでしょう。
付け加えるようにそういえば、もう猫はいらないと彼女は判断したのだろうか。へぇ、と返事をした彼女の声色が先程とは違っていた。
「女ってそういう話好きだよなぁ…」
「貴方も女性だと思いますけど」
「身体は、ね」
心は男だ、と言うような彼女の言葉に、首を傾げる。髪も長くてスカートを履いている以上、心が男だというような感じではないけれど実は違うのだろうか。どういうことだろうか、と彼女を見ていると、彼女はただ笑っている。この件に関しては、何かを言うつもりはないらしい。
「これからどうしましょうか。蘭ちゃんにお膳立てされちゃいましたし」
「猫、被らなくてもいいですよ」
「一応外ですから。念のためですよ」
どこか行きたいところがあれば、と尋ねると、彼女はその場で考え込む。お膳立てされたとは言え、これじゃ本当にただのデートじゃないかとも思ったけれど内心楽しんでいる自分がいるので気付かないフリをしておく。
そのとき。ふいに、彼女が一点を見たまま静止した。視線の先を見たら、彼女と変わらないぐらいの年であろう女性。お互いに、驚いたように相手を見ていた。
「お知り合い、ですか?」
「ちょっと…ね。安室さん、夜時間ありますか?」
「えぇ、ありますけど…」
「2時間後、この場所で落ち合いません?」
「分かりました。2時間後、ですね」
僕は、どこか泣きそうな顔で、行ってきます、と言った彼女の背中を見送った。
掲載期間:2016.03.04〜2016.04.01