恋が終わる日

 
ずっと好きだった人が、恋人とヨリを戻したらしい。ヨリを戻した、と言うよりは婚約した、だろうか。一応別れてはいなかったみたいだし。連絡は、あまり取ってなかったみたいだけれど。

(どうしよう、かな…)

別に私の気持ちを伝えたことはないけれど、婚約者がいる男の家に行くのはどうなのだろうか。それに、私自身あまりまだ気持ちの整理がついていない。ずっと好きで、結婚するから、という理由ではいそうですかと諦められる程軽い気持ちじゃなかった。
数日前に来た誘いをどう断ろうか、と思いながら携帯を見ていると丁度待っていたエレベーターの扉が開いた。パッと顔を上げれば、そこには人がいて。私が、ずっと好きだったその人が、そこにいた。

「あ、名前!」
「……何でいるのよ」
「なかなか返事が無かったから、直接聞こうかなって」

悪びれた様子もなく言う彼に、小さく息を吐いた。こういうところに助けられている面もあるから、あまり言うことが出来ないのも事実だ。

「私、今回はパスで」
「今回も?」
「…今回も」

秀吉の言葉に、そういえば前回も断ったんだっけ、と思い返す。前回はそれこそ婚約した、というのと同時の誘いだったから仕事を理由に断った。断る理由は考えてなかったけれど、正直仕事でもなんでも理由をつけてしまえばそれでいい。

「僕は、名前と食べたいんだけどな」
「奥さんにでもお願いしたらいいんじゃないの」
「まだ奥さんじゃないよ?」

そういう問題じゃない。そう言いたいのを堪えて、また息を吐く。私が乗ったエレベーターにさも当たり前みたいな顔をして乗ってきたけれど、何がしたいのだろうかこの男は。私の家の鍵は持っていないから、中に入ってくるようなことはしないだろうけれど。

「大体、婚約者いるのによその女と食事ってどうなのよ?」
「あ、その辺りちゃんと言ってるから大丈夫」
「相手が気にしなくても私が気にするって」
「大丈夫だよ。下心なんてないから」

いっそ早く目的の階に着いてくれないだろうか。そうすれば、彼から逃げられるのに。そう思ってもエレベーターの速度が速くなるなんてことはなくて、ゆっくりと上昇する。

「もし、私に下心があるって言ったら…どうする?」

秀吉の動きが、止まった。いつもの少しふざけたような笑顔じゃなくて、真面目な顔になる。ずるい、な。私は秀吉のその顔がすっごく好きなのに。
もしここで私が彼に気持ちを告げてもフラれることが分かってるけれど、いっそここまで来たらもう言ってしまった方が楽になれるのかな。

「秀吉には下心が無くても、私には、あるよ。下心」

私がそう言って秀吉を見れば、彼は視線を逸らす。この言葉で私が何を言いたいか分からないほど、秀吉はバカじゃない。そのとき、エレベーターが目的の階に着いたことを告げる。

「…ごめん、」

小さく呟いたのは、私。突然こんなことを言って、彼が困ることなんて分かりきってた。彼の気持ちを考えたら黙って気持ちを消すことが正解で、きっとこれは不正解。ただ、私がスッキリしたいためだけのものだ。
開いた扉から、逃げるようにして出る。あとは、家に入るだけ。そうすれば、そこでうんと泣けばいい。そう思っていたのに、エレベーターを出たところで秀吉に腕を掴まれた。驚いて振り向いたら、泣きそうな、秀吉の顔。

「知ってたよ」

秀吉の言葉が、エレベーター前に響く。一瞬、彼の言葉が理解出来なくて。自分の中で彼の言葉を復唱して、ようやく理解する。知っていた、と。彼は、私の気持ちを。
その瞬間、必死でこらえていた涙が溢れ落ちる。

「ごめんね。名前の気持ち、知ってて、知らないフリをしてた」
「何、でっ……」

秀吉に腕を引かれて、腕の中に閉じ込められる。子どもをあやすように軽く背中をたたかれて、同時に頭を撫でられる。

「言われなければ、知らないフリをしてそのままの関係でいられるけど…真面目に言われたら僕も真面目に答えなきゃいけなくなる。ごめんね。関係を崩すのが怖かったのは、僕も同じ」
「ずる、い…」
「うん、僕は、ずるいよ」

いっそ、思いっきり引き離してほしかった。与えられる温もりに甘えるように秀吉の服を掴んで、涙を落とす。

「名前と恋人になることは出来ないけれど、それでも、失いたくないんだ。恋じゃないけれど、名前のことが、好きだからこそ離れたくなかった」
「ずるい、よ…。お願いだから、嫌いに、ならせてっ…」
「嫌いにならせたら、名前は離れていくだろう?」

いっそ、嫌いになれたらすごく楽なのに。嫌いになって、全て、忘れられたら。
泣いて、全てを吐き出したら私は楽になれるのだろうか。それは分からないけれど、今はただ、友達としての温もりに甘えていることにした。

2016.02.17