護るものふたつ
ギィ、とゆっくり扉の開く音がした。背後から聞こえたその音に振り向けば、控えめにこちらを見る幼い少女。手に本を持っている辺り、寝る前の本を読むのをお願いしに来たのだろう。少しだけ恥ずかしそうに扉から頭を出したり引っ込めたりする様子に、無意識に口角が上がる。だが、いつもなら一緒に来る名前の姿はない。
「…ママは、どうした?」
「うたた寝、してる。だからね、一人で来たの」
寝る時間になったから、と子どもの名前が一冊の絵本を扉からちらりと見せる。時間を見れば20時を過ぎていて、いつもの寝る時間になったから来たらしい。仕事をしていた手を止めて頭を撫でれば、嬉しそうに笑う。
「今日は何の本を持ってきたんだ?」
「人魚姫!ママが好きって言ってた本!」
「そうか。じゃあ、部屋に行こうな」
本を持つ子どもの名前を抱えあげれば、嬉しそうにしがみついてくる。甘え上手なところは、一体誰に似たのだろうか。
(名前も、このぐらい甘えてくれたらいいんだがな……)
どちらかと言えば、自分が甘やかして甘えてくることのほうが多い気がする。素直じゃないのは、中々昔から変わっていない。
「パパ?」
「…いや、なんでもない。ほら、部屋についたぞ」
「うん!」
まだ幼い為に寝るためだけにしか使われていない部屋に、子どもの名前を連れて行く。抱っこしていた子どもの名前を部屋の入口で下ろせば、本を持ったままベッドに飛び乗るようにして入っていく。
パパも、と言いながらベッドを半分程開けて隣を叩くところを見ると、隣に入って来いということなのだろう。枕元の電気を暗めに付けて子どもの名前の隣に転がる。うつ伏せになって肘を支えにするようにして本を開いた。
「日本語と英語、どっちがいい?」
「んっとね…昨日は英語だったから今日は日本語かな」
「じゃあ、日本語だな」
子どもの名前が持ってきた本は元々はすべて英語で書かれているもので、買ってきた際に名前に頼まれて文章のすぐ下に日本語訳を書いた。できるだけ日本語と英語の両方を覚えるように、と。実際は、名前が英語に不慣れだということもあるのだろうが。
日本語に訳したそれを読み進めていると、中盤にさしかかったところで子どもの名前がうつらうつらとしているのが視界に入る。本を読むのを止めて子どもの名前の頭を撫でてやれば、眠気に抵抗するように身動いだ。
「パパ、行っちゃやだぁ…」
「大丈夫だ、ちゃんとここにいる」
「ほんと?」
「あぁ」
もう一度頭を撫でて、子どもの名前の胸元を呼吸に合わせるようにトントンと叩く。暫くそうしてやれば、うつらうつらとしていた子どもの名前はアッサリと眠りに落ちた。
眠りに落ちた後も暫くはそのまま叩いてやり、徐々にその動きを小さくしてやる。手を止めても子どもの名前の呼吸が乱れることなく動くのを確認して、ベッドから抜けだして枕元の明かりを消した。
まだリビングには名前がうたた寝をしているのだろう。少し口角が上がるのを感じながらリビングへと戻る。
どうやら名前はテーブルでうつ伏せになるようにして寝ているらしく、近付いても起きる気配は無かった。くしゃりと頭を撫でてやれば、さすがに気付いたらしくゆっくりと動き始める。
まだ少し頭が働いていないのか、うつろな目で俺を見た後に我に返ったように辺りを見回す。
「もしかして、寝かしつけてくれた?」
「あぁ、たまには構ってやらないとな」
「ありがとう…。でも、秀一さんはたまにはっていう頻度じゃないと思うよ」
「女の子は、今だけだからな」
10年、15年もすれば今みたいに素直に甘えてこなくなるのだろうか。そんなことを考えていると、ふいに名前が座ったまま両手を伸ばしてきたのでソレに応えるように引き寄せて抱き上げた。
「何だかんだいいつつ、面倒見てくれるパパだよね」
「ヤキモチか?」
「半分ぐらい。半分ぐらいは、助かるなって」
もし男の子だったらどうなっていたか気になるなぁ、なんて言い始める。女の子みたいに構ってあげるの?と尋ねられて小さくさぁな、とだけ答えておく。男の子だったら、むしろ名前の方が構うのだろうか。
「考えてみても、いいかもな」
「男の子?」
「あぁ」
額にキスをしてやれば、今度は名前から甘えるように頬にキスをされる。一瞬名前が何かを言おうとしたが、それを塞ぐようにキスをし直した。