千枚の葉
「…よくそんなに甘いものが食べられますね」
「甘いものは別腹っていうじゃないですか」
目の前のケーキを頬張りながら、沖矢さんに返す。若干嫌がる沖矢さんを連れてきたのは、ケーキバイキング。それも、カップルで入るとちょっとお得とかいうチラシを見て半ば強引にお願いして連れてきた。普段から大量に甘いものを食べるわけではないけれど、ときどき無性に食べたくなる。そんなときにチラシを見たら行きたくなるのも仕方がない。
目の前に座る沖矢さんは紅茶を飲みつつ私の食べている姿を眺めているだけだ。ちょっと食べにくい気もするけれど、今はそんなことよりも目の前のケーキである。それにここのお店はケーキひとつひとつの大きさが小さくいろんな種類を食べられるということが嬉しい。こういうところに来たからにはいろんな種類を食べたいと思う女性特有の悩みを考えてくれているのだ。
「本当によく食べますね」
「甘さ控えめで食べやすいんですよ」
「えぇ。そのぐらい、普段の食事にも気を使ってほしいところです」
「……うん、無理かな」
ちょっとだけ考えて沖矢さんから視線を逸らしながら答える。食が細い、というわけではないと自分では思うのだけれど沖矢さんから見れば私の食は細いらしい。それにもともと食べることへの執着心が低く、家に一人になってからは余計に食事量が減ったようにも思える。ときどき、沖矢さんが持ってきてくれるものはありがたく頂戴しているのだけど。
「初々しいなぁ……」
店の入り口で店員さんと話しているカップルを見て、ふいに言葉が漏れる。今日のカップルデーなるものには女同士で入るときは無いのだけれどカップルとして入店する場合はカップルとしての証明がいるらしい。まぁ、ただの男女友達で来れないようにとのことなのだろう。多分。
初々しく顔を赤くしてハグをするそのカップルは中から見ていて微笑ましいものがある。ここから見ている限り、一応カップルの証明として手を繋ぐのは無しのようで確かに男女友達なら手を繋ぐぐらい出来るものだと思ってしまった。
「あれぐらい、初々しい方がよかったですか?」
「それはそれで反応に困ります…」
28で初々しいのもどうなんですか。そう言えば、彼はフッ、と笑って紅茶へと手を伸ばす。
勿論、この店の中にいる以上私と沖矢さんもカップルではないけれどカップルのフリをするためにあの証明をしたということだ。お互いに沖矢さんの中身は秀一さんだし浮気にはならないからお互いに気にするものでもないかという考え方でのことだ。ただ、問題はその方法だったのだけれど。
まだ開店してそんなに時間が経っていないときに私と沖矢さんはこの店に来て、カップルですか?と尋ねられたので短くはい、とだけ答えれば笑顔でカップルの証明をお願いします、なんて言われた。…仕事とはいえ見せつけられるお姉さん大変だろう、と少し思ってしまったのは言うまでもない。
話が若干逸れたけれどその証明の方法だ。軽くハグなりなんなりすればいいだろうと沖矢さんの方を向いた瞬間、引き寄せられてキスをされた。元々住んでいた場所の問題なのだろうか、ときどき沖矢さん…というより、秀一さんが分からなくなるのは。
「…どうかしましたか?」
「…あ、大丈夫、です」
食べる動きが止まっていたことに気付いたのだろう。沖矢さんが私に声をかけた。適当に笑って返せば、一瞬首を傾げたけれど特に気にした様子もない。内心聞かれなかったことにほっとして、再度手を動かし始める。
「まだ食べるようでしたら持ってきますが、どうしますか?」
「じゃあちょっと少な目で。あ、あと沖矢さんのチョイスで紅茶が飲みたいです」
「わかりました」
他に特別することもないからなのだろうか。この店に来てからは沖矢さんは私の食べ具合を見てケーキを取りに行ってくれている。ちゃんと私がまだ食べていないものや同じものでも私が美味しいと言ったものを持ってきてくれているからよく見ているなぁと感心する。職業病、というやつかもしれないけれど。
他のカップルを見ると最初は良くても途中から少しだけ男の人が暇そうにしているのをチラホラと見るので、いい恋人を持ったものだと思う。
「お待たせしました」
「全然待ってないですよ」
「そうですか?あぁ、食べられないようでしたら私が食べますので」
私の前に持っていたケーキを置きながら沖矢さんが言う。お皿に乗ったそれはミルフィーユで、今までの小さいものとは比べて大きめだ。
「どうせなら、半分こしません?」
「上手く半分にできますか?」
「倒せば、ですけどね」
むしろ倒さずにキレイに食べられる人はいるのか。多分、いるのだろうけれど。
皿に乗ったミルフィーユを倒してナイフで半分に分け、空いているさらに切って分けたソレを乗せる。思ったよりキレイに分けましたね、なんて言われてどんな風にされると思ったんだと思うも口には出さないでおく。
苺が乗ったソレを口に運べば、口に広がる甘さと程よい酸味。
「名前」
「はい?」
名前を呼ばれて顔を上げれば、頬に沖矢さんの手が触れる。その手はするりと私の頬をなぞり、口元を親指で振触れる。拭うように動いたその指は私の口元についていたのであろうクリームを取って、彼はその指を舐めとった。
「っ……」
「……今、グラッとしましたね」
「うっ……」
その仕草が妙に色っぽくて、顔に熱が集まるのが自分でも分かった。言い訳がましく中の人は好きですし、と小さく言えば沖矢さんは秀一さんを思わせるようにフッと笑う。
有希子さんの好みなこともあってか沖矢さんの顔は悪くないし、私といるときの仕草は隠す必要がないからか、それともただ無意識なのかは分からないけれど秀一さんそのものに見える。
「これ以上の行為は、家に戻ってからですね」
涼しい顔をしてクスリと笑う彼に何も言えず、その気持ちをぶつけるかのようにミルフィーユにフォークを突き刺した。