甘さに酩酊する
休日。高校生である私が休みなのは当たり前で。けれども今日は珍しく秀一さんも休みで、そしてホテルに帰らずに私の家に来ている。来ている、のだけれど。
(朝からずっとパソコンに向かってるなぁ……)
二人がけのソファーに座って、朝からパソコンに向かっている。仕事が、忙しいのだろう。
こういうときは基本的によっぽど何かが無い限り話しかけたりすることはしないようにしている。邪魔をするのも、悪い気がして。けれど。
(なんか、人恋しい……)
何か、妙に人恋しくて。触れたいのを抑えるように、少し離れたダイニングテーブルの椅子に座って秀一さんを見る。机に項垂れて、小さく息を吐いた。
+ + +
ぼんやりとした意識が、徐々に鮮明になってくる。いつの間にか、眠っていたらしい。秀一さんが移動させたのか、私の意識があるときはダイニングテーブルにいたのにソファーに横になっている。
背伸びをしながら身体を起こせば、私に布団のようにしてかけてあるのは秀一さんの上着だということに気付く。けれど、持ち主の気配はなくてどこかに出掛けてしまったのだろうかと思考を巡らせる。
(寝てるときにいなくなるのは、ずるい……)
人恋しいせいなのか。なんとなく寂しくて、秀一さんの上着を抱きしめる。ふわりと上着から香る秀一さんの匂いが、私を安心させて。
「服よりも、本人に抱き着いてほしいんだがな」
「っ!」
背後から聞こえてきた声に、私の肩が揺れる。その声は、いないと思っていた秀一さんの声で。どうやらたまたま傍にいなかっただけで家の中にはいたらしく、上着を私にかけていただけらしい。
「てっきり出てるのかと……」
「1時間ぐらい前は、な」
小さく息を吐きながら、私にそう告げる。
秀一さんが恐らく別の部屋から持ってきたのだろう。手に持っていた本をテーブルに置きながら言った。抱きしめていた上着を返そうとしたら、頭を撫でながら『ひざ掛けにでもしていろ』と言われたので有難くそのまま借りておくことにする。
「何か飲むか?」
「じゃあ、ミルクティー。うんと甘いのがいいです」
「甘いの、な」
最後にもう一度、と言わんばかりに頭を撫でて秀一さんがキッチンに向かう。なぜだろうか、妙に甘やかされている気がするのは。
返そうとして手に持っていた上着を膝にかけて、ソファーの背もたれに寄り掛かる。そのままぼんやりとしていると、気付けばカップを2つと丸い箱のようなものをトレイに載せて秀一さんが戻ってきた。
「まだ甘さが足りないなら砂糖でも持ってくるが…」
「んー…」
渡されたカップに入っているミルクティーを口に含む。出来立ての熱いそれは、程よい甘さで、甘いのが得意じゃないわりにこういうものを作るのは上手いんだよなぁと頬を緩ませる。
「ん、大丈夫です」
途端、辺りにコーヒーの匂いが広がる。秀一さんが手に取っているカップには、いつものようにブラックコーヒーが入っているのだろう。
それよりも、気になるのはトレイに乗った丸い、ピンク色の箱。
「その箱、どうしたんですか」
「……口を開けろ」
トレイごとテーブルに置かれて、蓋がすでに開けられていたその箱の中には一つ一つ包装されたいろいろな焼き菓子が詰められていた。
言われるがままに口を開けば、秀一さんがその中の一つのブッセを手に取って封を開ける。そして、それは私の口へと入れられた。
「午前中は、仕事に付きっ切りで構ってやれんかったからな」
持っていたカップの水面が、揺れた。秀一さんがソファーに座るのと同時に、頬に口付けられる。
零して火傷しても怖いな、と思ってカップをテーブルに置く。刹那、フッと笑った秀一さんに引き寄せられて、足の間に座らされる。
「お仕事は、終わりですか?」
「あぁ」
わざとらしくリップ音がするようにキスをされる。手を取って、指を絡められて、身体をさらに引き寄せられて。まるで、私が人恋しいのを見透かすように。
何度もされるソレに身を委ねて、唇が離れたときには秀一さんは満足そうに口角を上げていた。
「甘い、な」
「え?」
「甘くて、溺れそうになる」
指で唇をなぞられ、その手は私の髪をすくい上げて口付けられる。平気でこういうことをしてしまうのは、彼がアメリカで暮らしていたからなのだろうか。
「すごく、甘やかされてる気がします」
「実際、甘やかしてるからな」
ひょい、と軽々しく抱え上げられて、今度は向き合うように座らされた。私の顔が見えることに満足したように額にキスをしながら、秀一さんが今度は別の焼き菓子、フィナンシェを手に取る。
「…名前」
「ん、」
餌付けをするように、秀一さんが私に半分に割ったフィナンシェを食べさせる。そして、私がそれを食べ終わるのと同時に顔を引き寄せられて、噛み付くようにキスをされた。慣れた手つきで、するりと口内に舌が侵入してくる。
「っ…ぁ、」
口の中をかき混ぜるように、舌が動く。歯列をなぞって、吸って、絡ませて。角度を変えて繰り返されるソレに若干の息苦しさを感じて身じろぎながら秀一さんの手を握れば、捕えるように私の手を強く握られる。
「はっ…。まるで、熟れた果実だな…。甘くて、酔いそうだ」
自分自身にいうような、秀一さんの言葉。返事は求めていないようで、私が何かを言うよりも先に再度口付けられる。
秀一さんの手が煽るように身体のラインをなぞるのを感じながら、自らの舌を差し出した。