手首の傷に口付け
秀一さんが、結構派手に酔って帰ってきた。誰にだって飲みたい気分の時はあるだろうし、お仕事の後に飲んだみたいで、別にそれをとやかく言うつもりは無い。ただ。
(帰って来てすぐ犯すように抱かれるのは…ねぇ)
普段我慢していたものが酔って爆発したのか、それとも飲んでいるときに何か言われたのか…。私が秀一さんしか見ていないのは、分かりきっているだろうに。隣で眠る彼はいつもより深く眠っているようで、私が彼の頭を撫でてみても起きる気配は無い。
(少しぐらい、やり返してもいいよね……?)
手首には、無理矢理に縛られて痣になっている。明日は4月1日だし、多少の嘘は許される。……多分。
多分、ここまで深く眠っているからあと4〜5時間は確実に起きないだろう。確か水で洗えば簡単に落ちる血糊はあったはず。目元を腫らすなら少し強めに何度か擦ればいいだろう。
思い付いたことに、暗闇の中で密かに口角を上げた。
+ + +
後ろから引き寄せられるような感覚に、目を覚ます。なんとなく、いつもより動きがぎこちなかったような気がしたのは、気のせいだろうか。少しだけ身じろいで秀一さんを見れば、視線が交わると同時に彼が息を飲む。
「秀一さん…?」
眉間にシワを寄せて、何とも言えないような表情を見せる。唇を切ったように見せるように付けた、血糊のせいだろうか。まぁ、別のところにも血糊は使ってみたのだけれど。
「口…切ったのか、」
「え、あぁ…大丈夫ですよ、痛くないですし」
そもそも傷がありません、と思いつつもちょっとした仕返しなので黙っておく。秀一さんに昨日の夜中のことが記憶にあるのかは分からないけれど、血糊なんて使わなくても普通に謝罪はされそうだったな、と思いながら内心苦笑いをする。
私がしたのは口元とベッドシーツに血糊を付けたぐらいだ。ベッドシーツの方は少し水で薄めて色を薄くして最初は血だったものが行為の最中に薄まったように見えるように細工しているのは言うまでもない。でも、それが無くても昨日されたことはわりと本当に手荒で。私の手首には縛られたような痕。首から胸元、恐らくは背中にも秀一さんに噛み付かれた噛み痕が残っている。
「朝ご飯、食べられますか?」
「っ、あぁ…」
「じゃあ、ちょっと軽めに作ってきますね」
ちゅ、と軽く秀一さんの頬にキスをして。それによって一瞬彼が強張る。夜中のことは、雰囲気的に覚えていないように見える。
秀一さんに背を向けて、ベッドの傍に散らばる下着を手に取る。夜中のうちにもう少し近くに置いておくべきだったか、と思いつつ下着を身に着けようとしたとき。小さな声で名前を呼ばれて、振り返る。それと同時に引き寄せられて、後ろから秀一さんに抱きしめられた。
「……すまない」
「え?」
「っ、その…痛かった、だろう」
言いにくそうに、秀一さんが言う。どうやらシーツに血がついていることに気付いたようで、それに関しても言われる。優しく、壊れ物でも扱うかのように抱きしめられて、口角を上げながら秀一さんに寄り掛かる。ここまで素直に謝られるとは思っていなかっただけに、ちょっとだけ罪悪感があるけれども。
「帰ってきていきなり、はちょっとビックリしました」
「すまない……」
「いつもより荒っぽいし、待ってって言ったのに聞かずにされちゃいましたし」
「……悪い、」
「でも」
秀一さんの方に振り返ったら、今にも泣くんじゃないかっていうぐらいに申し訳なさそうな顔をしていて。昨日の秀一さんとの行為は痛かったし、怖かったのは事実だけど。
「シーツの血だけは、偽物ですよ?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう、というのはこういうことだろうか。かなり驚いたように、秀一さんが私を見る。手荒にされた仕返しです、とすんなり供述をすれば心底焦ったのか、大きく息を吐いて私の肩に頭を乗せた。
「でも、手首の縛った痕と身体中の噛み痕はホントに秀一さんですよ」
「すまない…」
「今度は、もっとひどい仕返しするんで期待しててくださいね」
エイプリルフールなんかでは済まされないような、とびきりの仕返しですよ。そう言えば、秀一さんは困ったように笑う。それがなぜか妙に可愛くて、彼の頬にキスをする。そうしたら、強く抱きしめられて。
「次は、うんと優しくしてやる」
「期待、してます」
呆れたように、でも優しく言われたその言葉に、私は頬を緩めた。
2015.08.03