よく言えば顔見知り
「有難うございましたー」
支払を済ませたお客さんを、笑顔で見送る。その人が出て店の扉が閉まり私が背を向けるのと同時に、表情は一瞬で真顔に戻る。
「顔、仕事中ぐらいは作ってもらえませんかね」
「店内にお客さんいないですし安室さんに見せる為に作るのも面倒なので」
少しばかり呆れたような安室さんの横を通り抜けて、テーブルの上に置かれている食器を下げていく。何故私が安室さんが働いている店、ポアロにいるかというと梓さんの頼みである。この日1日だけでいいからどうしても、と頼まれたらどうにも断りにくい。いや、梓さんからの頼みはいいのだ。問題はこの男。
「少しは僕にも愛想を見せてほしいんですけどねぇ…」
わざとらしく息を吐く、この男だ。もともとこの胡散臭い顔は元の世界にいたときからなかなか顔を顰めるものがあった。読めないというか、なんというか…。
こっちに来てからは私自身が秀一さんと繋がりがあるためかまぁ機会があれば絡んでくる絡んでくる…。どうやって秀一さんと繋がりがあるか知ったのかはわからないけど正直ノーセンキューだと言いたい…というか、言ったのだけれどお構いなしである。
「名前ちゃん、今のうちに裏で休憩取っておきなよ」
「あ、はい!有り難う御座います」
食器類を下げたところで、マスターが私に告げた。なかなかこういう飲食店は休憩を取れるときに取っておかないと取れないというものだ。そりゃあべいかデパートに比べたらマシなのだろうけれどここだって多いときは多い。
裏に入って椅子に座って一息つく。ストレッチをするように脚を伸ばせば、どっと疲労感が押し寄せる。これは脚が浮腫むな、と思いながら苦笑いを浮かべた。
+ + +
「終わった……」
最後のお客さんが帰った後、私はまだ食器類が残るテーブルに項垂れる。世の中立ち仕事をしている人たちを尊敬する。
ふいに後頭部に軽い衝撃を受けて顔を上げれば、トレイを手に持って呆れたような顔をしている安室さんが立っていた。どうにも私は胡散臭い笑顔を浮かべているか呆れているような顔の安室さんしか見ていないような気がする。そうさせているのは、私なのだけれど。
「まだ片付けがあるんですから、動いてください」
「安室さんが動けばいいと思います。ほら、私女の子なんで」
女の子は労わってくださいよ、と言えば年上は敬ってくれませんかね、と返されてしまった。童顔で分かりにくいけれどそういえばこの人30手前だったな、なんて思いながら安室さんの手からお盆を取って食器を乗せていく。
食器を全部乗せて安室さんがそれを厨房に持っていくのを見届けながら、代わりに拭いておけと言わんばかりに渡された布巾でテーブルの上を拭く。どうやら最近は彼目当ての女性客が増えたらしく、悪くない顔ではあるんだよな、と小さく息を吐く。決して私の好みではないけれど。
「あまり見られると、期待しますよ
「あ、興味ないです」
胡散臭い笑顔を貼り付けて、彼が私に告げた。探偵を名乗るだけあって勘がいいのは確かだ。少しは興味を持ってもらいたいんですが、なんて聞こえたけど聞こえないフリをして明日の為にテーブルにメニューを並べておく。
そこでふと首を傾げる。何故彼は戻ってきたのかと。ついさっき厨房に持って行ったものが消えているので多分別の人が洗っているのだろうけれど。最後までお客さんがいたテーブル以外は既に整えてあるのに、何故。
「名前さんは、もう終わりですよね?」
「まぁ、一応」
今日の分は働くというよりはあくまでお手伝いという感じなので仮に遅くなってもあまり関係はないのだろうけれど、マスターがあまり遅くなっても悪いということで一応お店が終わったら終わりということになっている。保護者さんにも悪いし、と言われて笑って大丈夫ですよ、と言っておいたけれどむしろ心配するような人はいない。中身もバッチリ成人済みである。…多少、過保護な人はいるけれど。
「送っていきます。10分ぐらい待っててもらってもいいですか?」
「距離近いんで大丈夫です帰ります」
ニッコリと取ってつけたような愛想笑いを浮かべて間髪入れずに答える。何故好き好んで一緒に帰らなければならないのか。嫌い、というわけではないのだけれどどうも苦手なのだ、彼は。
しかし目の前の彼は大きく息を吐いて、もし襲われたらどうするんですか、女性なんですからその辺りはしっかり自覚してくださいと言い始めて極力小言は聞きたくないので彼の横を通りぬけて裏へと入る。一応着替えている間は入ってこないだろう。着替える、といっても脱ぐのはエプロンだけなのだが。
少々悪い気もするけれどマスターにだけ挨拶して裏から出よう。そうすれば逃げれるはず。