哀と愛が入り混じる
1人で街中を歩いていたとき。一瞬だけ視界に入った黒い車。ただの、黒い車じゃない。ポルシェ356A。歩道にいる私の横にある車線を通ったその車に目を奪われるようにすれ違った車を目で追いかけた。その車が私の横を通った瞬間、一瞬だけ車の中にいた銀髪の男と目が合ったような気がしたのは、気のせいなのだろうか。何度もその手で人を殺めたということを主張するような残酷で冷たい目。
(一瞬だけだから、大丈夫だと思うけれど……)
彼とベルモットに目を付けられている私は、もし目が合っていたとしたらここにいるのは危なすぎる。人がいるとはいえ、彼らが本気を出せば街中でだって私を捉えることは可能なはずだ。私は咄嗟にすぐ近くにあったコンビニの中へと入る。
コンビニが絶対的に安全か、と言われれば微妙なところだ。けれど、ここには監視カメラがある。もし何かがあれば、カメラに彼らだって映る。それに室内なら外から銃で狙われることも早々無いだろう。
ひとまずはここで少し様子を見ればいい。何かあった時の為に咄嗟に動けるように鞄から携帯を取り出して、握りしめた。
+ + +
携帯の振動で、持っていた雑誌を元の所に置いて携帯を見る。着信は秀一さんからで、雑誌の立ち読みしていたら思っていたよりも時間が経っていたらしい。慌てて通話へと切り替える。
「秀一さん?」
「今からそっち向かおうと思っているんだが…出先か?」
「ん…。その、良かったら来てもらってもいいですか…?」
詳しいことは車の中で話すから。そう言えば、少しの沈黙の後に秀一さんが私に場所を尋ねた。来てくれる、と思っていいのだろう。適当に小さいお菓子を持ってレジに向かいながら近くの目印になるようなものを告げる。いくつか場所を言えば彼にもどこか分かったらしく、すぐに行くから待ってろと言われて携帯の音が無機質なものへと変わった。
会計を済ませて外に出れば、パッと見る限りジンの車は無い。目が合ったような気がしたけれど、気のせいだったのだろう。安堵しながら息を吐いて、コンビニの前に立って目の前の車道を流れる車をぼんやりと眺める。暫くそうしていると、ふいに黒い影が私を覆った。
「秀一、さん」
「……車、行くか」
私の様子を見た秀一さんは、普段の私とどこか違うことに気付いたのだろう。私の手を引いて、早足で歩く。少し離れたところに停めてあった車の助手席に促されるように座らされた。頭を撫でられて、私を落ち着かせるように額にキスをされて車の扉を閉められる。そのまま秀一さんは反対側の運転席に乗り込んで。動き始めた外の景色を眺めているとまた頭を撫でられた。
「何か、あったのか」
「……ジンに、会いました」
ぽつりと言った言葉が、思ったよりも車内に響いた。会うと言ったら大げさで、見ただけなんですけど。そういうと、秀一さんに似たようなものだろうと言われてしまった。
ちらりと秀一さんを見れば少し眉間にシワを寄せている。やっぱりジンとは馬が合わないのだろうか。なんとなく重苦しい空気の中それ以上のことは言えなくて、視線を窓の外へと戻した。
+ + +
家に戻ると秀一さんに俵担ぎをされて運ばれる。抵抗しようと試みたけれど、力では敵わないしそもそも俵担ぎをいうのはされる側に結構負担がかかる。あまり暴れると自分の体制がツラいことになるのでそのまま大人しく運ばれておく。リビングへと入り、秀一さんはそのままソファーに座って私は彼の手によって向かい合うように座らされた。
「名前」
名前を呼びながら、秀一さんの手が私の頬をなぞる。そのままどちらからともなくキスをした。ジンに目を付けられて不安だった気持ちを溶かすように、ゆっくりと。
「何も、されていないんだな?」
「ん。相手は車の中だったんで。目が合ったような気はしましたけど…」
「…そうか」
返事をするのと同時に引き寄せられて、秀一さんが私の首筋に顔を埋める。そのままリップ音をさせながら首筋に口付けていく。何とも言えない痛みを首筋に感じて、唇が離される。徐々に首筋から胸元に移動して、ちゅ、と音がしたかと思うとまた口を塞がれた。
「っ、ん」
小さく声が漏れる。息苦しささえ心地よく感じながら、応えるように秀一さんの首に腕を回すせば、逃げるな、と言わんばかりに身体を抱きしめられた。
「俺から、離れてくれるなよ」
耳元で囁かれた言葉に返事をするように、自ら秀一さんの口を塞いだ。