愁い事、吐き出させて

 
「名前は、今から帰るか?」
「…………」
「…名前?」
「っ、え、あ…すみません、聞いてなかったです」

全てが片付いて、ソファーに腰かけていた名前に声をかけた。けれども名前からの反応は無く、二回目で俺が声をかけたことに気付いたらしい。夜はもう遅いし、送っていった方がいいだろう。そう言えば、彼女は笑いながらそうだね、と言って立ち上がる。

「泊まっていけばいいんじゃない?」
「え、コナン君?」
「だって名前姉ちゃん一人暮らしでしょ?それならもう泊まって朝帰ったほうが安全だよ」
「そうだな。若い女の子が家に1人よりはずっといいだろう。あんなことがあった後だしな」
「ゆ、優作さんまで……」

ちらり、と申し訳なさそうにこちらを見る名前を見ながら、別に構わないが、と言えば諦めたように息を吐いた。じゃあ泊まっていこうかな。そういって、またソファーにどさりと座った。
その表情が、どこか、引っかかった。まさか、あの男になにかされたとでもいうのだろうか。

「名前、」
「はい…?」
「何か、あったのか?」

俺の言葉に、名前が息を飲んだ。何もないよ。ずっと眠らされてたから。そう言って、どこか消えてしまいそうに笑った。笑った、つもりなのだろうか。傍にいたから分かる、些細な違い。何が何でも、隠し通したいという意思が見え隠れしているような気がした。

(いっそ、無理矢理聞き出すか…)

息を吐いて、名前の前に膝を付く。その行動に何かを察したのか、逃げようと起き上がろうとした名前の腕を掴んでそれを阻止する。そのまま勢いで抱き寄せて、横向きに抱え上げた。

「え、何…!?」
「上に戻りますんで、何かあったら声かけてください」

手が開いていたら、返事をしますので。暗に声をかけるな、とも取れる言葉を言って驚いてる名前を抱えたまま借りている部屋へと向かう。名前が助けを求めるように坊やの名前を呼んだが、坊やは返事をしない辺り何かを察したのだろう。
殺風景な部屋のベッドに名前を横にして、片手で彼女の両腕を拘束して覆いかぶさる。彼女に怯えたような目をさせたのは、これで何度目なのだろうか。

「何が、あった?」
「何も、ないですよ…?寝てた、だけですし」
「そんなに、」

名前の肩が、ビクリと揺れる。泣きそうな顔をさせまいとするのに、どうしていつも泣かせてしまうのか。そんなに俺のことを信用していないのか。酷い言葉だと、自分で思った。名前はポロポロと頬に涙を伝わせて、首を横に振る。俺は、信用しているから彼女にこんな役目をさせたというのに。彼女が、俺を信用していないわけがない。それをわかった上でこんな質問を投げかけるだなんて、酷いものだ。

「ごめん、なさい…」
「すまない、泣かせたいわけじゃない」
「違う、の…。私が、悪い、からっ…」

拘束していた手を避けて、名前の頬を伝う涙を拭う。しゃくりあげて泣く名前の頭を撫でてやると、嫌いに、ならないでと縋るように手を伸ばした。それは、こっちの台詞だというのに。

「お願いだから、嫌いにならないでっ…」
「今更、嫌いになんてなれるか」
「っ、」

子どものように泣く名前を慰めるように、額にキスをする。あの男に攫われたことに、申し訳なく思っているのだろうか。むしろ、巻き込んだのは俺の方だというのに。

「代わりでも、いいからっ……」
「……代わり、だと?」

名前の言葉に、何があったのかを察した。大方、あの男に妙なことを吹きこまれたのだろう。元々組織に入るために付き合っていた女の身代わりなのだとかそんなことを。

(身代わりだったら、ずっと楽だった筈だ…!)

身代わりだったら、どれだけ楽だっただろう。ただの身代わりであったなら、とうの昔にきっと見放していた。こんなに、かき乱されなかった。こんなに、焦れなかった。

「本気で、言っているのか」

恐怖で、だろうか。名前の身体が揺れる。身代わりだなんて、思っていなかった。確かに彼女のことは好きだった。だが、ソレ以上に。今は名前の方が大事だ。
小さく述べられる謝罪の声。怖がらせたことに気付いて、自分に呆れて息を吐いた。

「すまない、そういう意味じゃない…」
「で、も…」
「ただの身代わりなら、名前が攫われたと聞いたときに胸をえぐられる気分にもならなかったかもな」

さっきよりもどこか酷くなった泣き方に、つい口角を上げる。頭を撫でて、抱きしめて。ひたすら謝る名前に比例するように沸き上がる罪悪感。この小さな身体に、どれだけ重いものを背負わせていたのだろうか。彼女が全てを知っていることに甘えて、何も言わなかったのは俺の方だ。

「身代わりなんかじゃ、ないさ」
「っ、ほん、と?」
「あぁ。もしお前がただの身代わりだったら、とっくに見放していた。拐われても、助けたりしない」
「期待、しますよ……?」
「いくらでもしたらいい。期待した分だけ、返してやるさ」

腕の中で泣きながら笑う名前の額に、キスを落とす。すると名前は甘えるように腕を伸ばして、俺の身体にしがみつく。

「秀一さん、大好き」
「あぁ、知ってる」

その言葉に返すように、俺は開いた名前の口に舌をねじ込んだ。

2015.07.18