丸い月、尻尾が見えた

 
「名前さん、お買い物ですか?」
「え……?」

買い物中に突然かけられた声に振り向く。そこにいたのは安室さんで、ニッコリと仕事中のような、でもちょっとだけそれよりも柔らかい雰囲気の笑顔を浮かべて立っていた。

「安室さんも、ですか?」
「えぇまぁ、そんなところです」

目当てのものはなかったんですけどね、と笑いながら彼が言った。そして、私が持っていた荷物をするりと奪い去る。突然のことに荷物と安室さんを見比べれば、笑みを浮かべたまま、もしよろしければ荷物持ちぐらいにはなりますよ、と言う。

「で、でもっ、私、結構買っちゃってますしっ…」
「それなら尚更ですよ。重い荷物を持っているのに、見過ごせません」
「お、重くは、ないです…!」
「そうですか?さすがにこの量を持つにはきついでしょう」
「うっ……」

安室さんが持つ荷物を、少しだけ恨めしく思う。安室さんに会うだなんて分かってたらもうちょっと可愛い服とか選んだのに。なんでそこまで気合の入った服装じゃない時に会ってしまうのか…。

「どうかしました?」
「あ、いえ…。すみません、荷物持ってもらっちゃって…」
「構いませんよ。それに、僕から言いだしたことですから」

まだ、どこか行くところはあるんですか、と尋ねられてあとはもう帰るだけでした、と告げればじゃあ僕の車に荷物置いて食事でもしませんか、とのお誘い。さすがに恥ずかしさと申し訳なさで顔をぶんぶんと振れば捨てられた子犬みたいに嫌ですか…?なんて言われて。

(年上なのに可愛い…)

本人に言ったら、否定されるのだろうけれど。私なんかでいいんですか、と恐る恐る尋ねれば、名前さんだから誘ったんですよ、と言われて自分の頬が紅潮するのが分かった。

 + + +

「なんか、すごく高そうなんですけど…」
「でしょう?でもここ、実は結構リーズナブルなんですよ」
「へー…」

安室さんにお勧めの店があるんです、と言われて連れてこられたのは落ち着いた雰囲気のお店。見た目とは裏腹にリーズナブルらしく、安室さんも気に入っているのだとか。
何かお勧めはありますか、と尋ねればこの時期だと冷製パスタがおすすめですよ、とのことでそれを注文する。

「もしよければ、白ワインでも注文しますか?」
「えっ…、でも、安室さん車ですよね?」
「僕はノンアルコールですよ。どうせパスタなら、と思ったんですが…」
「じゃあ、お願いします…」

ここのワイン、すごく飲みやすいからつい飲みたくなっちゃうんです。そう言って、ニコリと笑う。年上なはずなのに、そういうところが可愛いなって思ってしまうのは、惚れた弱みなのだろうか。安室さんの、何気ない行動にグラッとすることが多い。年上ならではの余裕、なのかもしれない。

 + + +

「名前さん、大丈夫ですか?」
「はい…。すみません、思ったより来たみたいで」

安室さんと食事に行った店で白ワインを出してもらったのは良かった。すごく飲みやすくて、美味しかった。けれど、飲みやすさ故に飲んでしまって。結構、自分でも酔ってるな、と思うぐらいには酔っている。
車に乗る前にせめてもの、と水を買って飲んではいるけれど、やっぱりアルコールは抜けなくて。心配してくれる安室さんには、申し訳ないことになっている。

「歩け…ます、よね?」
「はい。安室さん、心配症です。大丈夫ですよ」
「心配にも、なりますよ」

少し呆れたように、安室さんが息を吐く。安室さんの運転する車は私の家の前で止まって。もう少し一緒にいたかったな、と思いつつ冷静な自分が迷惑をかける、と思ってしまう。
送ってくださって、有難う御座います。そう言って、安室さんの車を降りようとした。そのとき。

「あ、の……?」

安室さんが、私の腕を掴んだままじっと私を見つめる。何かを言いたげにしているのに、安室さんがその何かを言うことは無くて。
暫くそうしていると、安室さんが腕を掴んでいた手を私の手に移動させて。

「っ…!!」

ちゅ、とリップ音をさせながら私の指先に口付けた。突然の出来事に私はただただ驚いて安室さんを見る。

「…夜の狼には、気を付けてくださいね」

にっこりと、口付けたことはなんてことないように笑みを浮かべる。私はコクコクと頷くしかなくて。恥ずかしさを隠すように安室さんの車を飛び出した。

2015.08.04