とあるお昼過ぎの戯れ
「あれ、沖矢君珍しいね?ここにいるの」
「名前さん、」
私が声をかけると、眼鏡をかけた彼がゆっくりと振り向いた。私自身研究室にずっといることが多いから似たようなものかもしれないけれど、目の前にいる沖矢君もなかなか院の中で見かけることは無い。会うのは、数か月ぶりぐらいだろうか。
「最近はずっと家の方にいたの?」
「えぇ。ちょっとレポートをまとめたかったので」
「大変だね…。まとまった?」
「えぇ。さっき提出してきたところですよ」
沖矢君がどういう内容を取っているのかは詳しくは知らないけれど、時折忙しそうにしているのを見るのでそういうことなのだろう。
名前さんは今来たところですか?と尋ねられて苦笑いを浮かべる。
「一応研究は昨日でひと段落したよ。家にいても案外暇で、運動がてらぶらっとね」
「そうなんですか…。じゃあ、今時間ありますよね?」
「うん、暇で来たぐらいだしね」
「お昼、付き合っていただいてもいいですか?」
食堂に思ったより人が多かったので出てきたんですよね、と沖矢君が言って時間を確認すればもうお昼だった。私もあまり時間を確認せずにふらっと来たからもうそんな時間だったのか、と思うのと同時に私もお昼を食べていないので了承すれば、少しだけ嬉しそうに彼が頬を緩めた。
「研究が片付いたから、すっぴんじゃないんですね」
「うっ……。お願い、ホントにアレは忘れて…」
「すっぴんでも、可愛かったですよ」
さらりと私に言ってくる沖矢さんに少しだけ恨みも込めて軽く叩く。
何か月か前に私が研究でてんやわんやしているときに丁度沖矢君がレポートを提出しに来ていたようで、その時たまたま会ってしまったのだ。研究室に籠りっきりで化粧なんかしていられるか、とすっぴんだった私と。
「ホントにあのときは薄化粧すらしてなかったから忘れてよー…」
「勿体ないですから嫌です」
「…沖矢君って、意外と意地悪だよね」
見た目はすごく優しそうなイメージなのに、意外とそういうところがチラチラと見え隠れしている。恋人がいるかどうかは知らないけれど、いたとしたら彼女さんには意地悪なのだろうか。想像は、出来ないけれど。
「お昼、何がいいとかリクエストはありますか?」
「うーん…最近ずっと研究室で食べれるようなものばっかりだったからなぁ…」
「じゃあ、野菜も取れるところにしておきましょうか」
「お願いします。どうしても一度籠っちゃうと栄養偏るよね」
それこそコンビニ弁当だったりカップ麺とかおにぎりだとかそういうものに偏ってしまうのが悲しいところ。何か嫌いなものはありますか、と尋ねられたので特に何も、と答えれば彼はフッと笑ってそうですか、と言った。
「じゃあ、私が作りますよ。その方が栄養も偏りませんし」
「え、なにそれ申し訳ないんだけど」
「手の込んだものはさすがに作れないので、簡単なもので良ければですけどね」
「いい、の?」
ちょっと外に食べに行く、ぐらいのつもりだったからなんとなく申し訳ない。ちらりと彼を見上げれば、彼はなんてことない顔をしながら嫌なら別いいんですが、と言ったので首を横に振る。
「彼女とかいないの?」
「ここ数年は、そういうものに縁が無かったもので」
そういう貴方もいないんですか、と世間話のように尋ねられたので苦笑いをしながら右に同じく、と答える。そもそもいたらそんなホイホイ行かないと思うのだけれども。
「でも、嫌いなものが無いのは惜しいですね」
「え?」
「どうせなら嫌いなものとかってわざと出してみたくなりませんか?」
「……沖矢君って、ホントに意地悪よね」
そこで好きなものを嫌いなものと言ってみようか、なんて思う私も私なのだろうけれど。
冗談ですよ、なんて半分本気だったじゃないか、と言いたくなるのを堪えて頬を緩めた。
2015.09.14