クロッカスが揺れた
ベッドに入って布団を被って。さぁ寝るぞ、と思っても中々寝れない日もある。かくいう私も眠気なんてものはやってこなくて、ひたすらにベッドの中で目を閉じて意識が落ちるのを待っていた。
(……4時間ぐらい、経ったのかぁ)
確かに今日…日付的には昨日、11時ぐらいにベッドに入った。明日は休みだけれど秀一さんはホテルに泊まるようでたまには、と思っての事だった。けれど、もともと眠気があまりない状態でベッドに入ったけれどここまで寝れないとは誰が考えただろうか。少なくとも私は考えていなかった。むしろベッドに入ってしまえば寝れるだろうぐらいの気持ちだった。
(……うん、もうさすがに無理)
ただゴロゴロしているのもわりと暇で。身体を起こして窓の外を見る。ぽっかりと闇の中に浮かぶ月は綺麗で、満月ではないもののいい月見が出来そうである。
道路を見てみれば当たり前ではあるけれど人通りはない。私はクローゼットを開けて適当に服を選んで、同時に視界の隅に入ったバイクのキーを手に取った。
+ + +
「うわっ、眩しい……」
休憩と眠気覚ましを兼ねて、コンビニへと寄った。時間的にはアレから2時間程バイクを走らせて、時刻は既に日が昇るような時間だ。
途中で休憩を挟みながらバイクをひたすら走らせていたけれど、家から随分と遠くにきた気がする。日が登るような時間だし、帰る時間を考えたらそろそろ引き返したほうがいいだろう。
(帰り着くまでにちょっと多めに見積もった方がいいかなー……)
今の時刻は5時半過ぎ。恐らくもう少し経てば仕事に向かう人が車を走らせる頃なのではないだろうか。帰り着くのは恐らく8時ぐらいになるだろう。
たった今コンビニで買ったカフェオレを一気に流し込んで、再度バイクに跨った。
+ + +
(……詰んだ)
家の近くまで来て、バイクを止める。私の家の扉の前に、扉に寄り掛かるようにして立っている人物に、若干の恐怖を覚えている。
朝に突然来ることは少ないけれど、ときどきある。今日もソレだと願いながら、携帯を扱う秀一さんに声をかけた。
「…お仕事、お疲れ様です」
「珍しいな、朝からいないのは」
「ちょっと近くのコンビニに。合鍵持ってるんですから中に入っててもよかったんじゃあ…」
「さすがに、家主が居ないのに入るのも悪いだろう」
ヘルメットを外した頭をくしゃりと撫でられて、あ、コレならいけると確信する。多分、秀一さんがここに来てから10分ぐらいしか経っていないような気がする。
携帯を取り出せば8時過ぎ。うん、いつも朝家に来るときはこのぐらいの時間だ、と思って安堵する。
ふいに、私の頭を撫でていた手が顔のラインをなぞるように頬へと移動する。
「ところで、」
「はい?」
むにむにと私の頬が秀一さんに掴まれる。頬の肉がバレてしまうので少々やめていただきたいものがあるけれど、強弱をつけて遊ぶような仕草をする秀一さんがなんとなく不思議で、首を傾げる。刹那。
「3時間以上ちょっと近くのコンビニに行く用事が俺には思いつかないんだが」
「いひゃい!いひゃいれす!」
ギリギリと、掴まれた頬を引っ張られる。片方だけ引っ張られているのが救いなのだろうかと思うけれど、片方だけの代わりにわりと容赦無く引っ張られているような気もする。
舌の回らない状態で抗議をし続けていると、突然パッと秀一さんがその手を離す。掴まれていた頬を手で摩っていたら、今度は頭部に強い衝撃。その強い衝撃が以外に激しくて、その場にしゃがみ込んで衝撃を受けた頭部を押さえながら秀一さんを睨むようにして見る。秀一さん自身も少し痛かったのか、左手を軽く振りながらなんてことないように私を見下ろしていた。
「踏んだり蹴ったりじゃないですか……」
「頬を引っ張られるのと拳固で済んだのだから安いものだろう」
「私今なら身長1cmぐらい伸びている気がします」
さっき秀一さんが3時間、と言っていたから恐らく5時ぐらいにここに来たのだろう。悪いことをしたなぁ、と思っていると私と視線を合わせるように秀一さんがその場に膝をついてしゃがむ。
まだ少しだけ痛む頭部を秀一さんに撫でられて、軽く引き寄せられたかと思うと私と秀一さんの額が合わせられる。
「居なくなったと思うから、次からは連絡をしろ」
秀一さんの言葉に、心配してくれたのか、という申し訳ない気持ちと同時に、まだ傍にいていいんだという嬉しさでいっぱいになる。それを示すように抱き着けば、フッ、と笑ったかと思うと軽々と私のことを抱き上げる。
「あまり、年頃の女が夜中にウロウロするものでもないだろう」
「ん、気を付けます」
「勝手に、元の所に戻るなよ」
秀一さんが、私を抱き上げたまま家の中へと入る。遠まわしに居なくなるな、と言われて喜ばないわけがない。頬を緩ませながら、顔を見せまいとする秀一さんに抱き着いた。