乾いた音が響いた
目の前を行き交う人を眺めながら、息を吐く。秀一さんがいなくなって、数か月。最初のころは沖矢さんに会うことさえほとんどなくて、最近ようやく会うことが増えたという感じだろうか。
(別に、沖矢さんが嫌いなわけじゃないんだけど、ね)
秀一さんだったら、外に2人で出掛ける、なんてことは出来なかった。沖矢さんとなら、それが出来る。ある意味嬉しいことではあるけれど、隣にいるのが別人の顔だということにはなかなか慣れないものだ。中身が秀一さんだということは、分かってはいるのに。
「随分と、暗い顔をしてますね」
「え、あ、すみません」
「いえ…。何を考えていたかぐらい、分かりますから」
くしゃり、と沖矢さんが私の頭を撫でる。その手の動きも、紛れもない秀一さんの手の動きだ。沖矢さんを見ていてその中に秀一さんを見つけると、不思議な気分にさせられる。
隣に座った沖矢さんに買ってきた飲み物を渡されて、素直にそれを口に運ぶ。どうやら発売されてそんなに経っていないものを買ってきてくれたようで、程よい桃の甘みが口に広がる。
「もし行きたいところがあるのでしたら、乗せていきますよ」
「んー……あんまり出かけたい願望ないんですよねぇ」
デートもそんなにしたことないですし。そう私が言うと、沖矢さんが少しだけ申し訳なさそうな顔をしてすみません、と言った。別に、沖矢さんのせいではないのだけれど。
「でも、沖矢さんと出掛けるのは楽しいですよ」
秀一さんは口数が少なかったけれど、沖矢さんはそうでもないからだろうか。喋っているのは同じ人だけど、演技力はなかなかのものだ。変装をしなくてよくなったときに是非とも秀一さんの姿で少年探偵団たちらに笑顔で話しかけてほしいものだ。そして子どもたちが硬直すればいいと思う。一応、会ったことがないわけではないし。
「…何を、企んでいるんですか?」
私の言葉を勘ぐるように、沖矢さんが言った。別に他意は無かったのだけれど、秀一さんの職業柄だろうか。クスリと笑みを浮かべながら、沖矢さんを見る。
「新鮮でいい、ってことですよ。言い方は悪いですけど、浮気してる気分みたいな」
「ホー…」
秀一さんのように言った言葉になんとなく嫌な予感がして、怒ったら嫌ですよ?と言えば呆れたように息を吐かれた。沖矢さんは私のことを怒る気が失せたのか、何も言わずに手に持っていたコーヒーを飲む。
私は立ち上がって沖矢さんの前に立つ。そのまま沖矢さんの頬を両の手で包んで、口角を上げた。
「私、沖矢さんの顔は結構好みなんですよ」
前の世界にいたときから。そう彼に告げれば、フッ、と口角を上げて私の手を掴んだ。そしてそのまま私の身体を引き寄せて。
「っ、」
一瞬、だった。気付いたときには、離れていた。触れられたことを確かめるように、指先で自身の唇に触れる。
「桃の味、ですね」
余裕を見せつけるかのように口角を上げた彼に向けて、とりあえず一発殴ろうと手を振り上げた。
2015.07.22