気付いて、気付かないで

 
バスジャック事件があったとき、秀一さんはアッサリと私の変装を見破った。私の日常生活の中で見え隠れしている癖で見抜いた、と言っていた。だったら、それさえも無かったら彼は私のことを見つけてくれるのだろうか。
そんな話を、有希子さんにしたのが一週間程前。

「名前ちゃんスタイルいいから、こういう服装が似合うわね!」
「いやいやいや…!胸元とか心もとないんですけど…!」
「大丈夫よ!それに優作の隣に立つんですもの!これぐらいしなくちゃ!」

有希子さんに相談した私が間違っていたのだろうか。そう言いたくなるぐらいに有希子さんははしゃいでいた。
ぶっつけ本番で有希子さんの手によって変装させられた私と秀一さんが会ってもよかったのだけれど、まずは変装ということに慣れることから。と、いうことで、優作さんが誘われているパーティーに私がパートナーとして行くことになったというわけだ。
鏡を見ても、自分とは違う顔。身長は、ドレスということもあって高めのヒールで誤魔化されている。雰囲気も、いつもと違うと言っていいだろう。

「鏡を見ても顔が違うのは、変な感じですね」
「だからって、会場内でまじまじと鏡を見ちゃ駄目よ?」
「はーい」

 + + +

優作さんにエスコートされて連れてこられたパーティー会場。さすが、と言うぐらいに手慣れていた。日本にはそもそもパーティーというものがあまり無いし、そもそも私にこんな場所への招待状が届くわけでもない。挙げ句優作さんは会場に入るなり知り合いらしき人に連れていかれてしまったので私は壁の花と化している。

「お暇なら、少し話し相手にでもなってもらっても?」

突然声をかけられて、顔を上げる。聞き覚えのある声な気がする、と一瞬思った。それは、声をかけた人の顔を見て納得をした。

「っ……は、い?」

平常心を装って、少し首を傾げて返事をする。何故私に、とでも言うように。シャンパンの入ったグラスを持ったその人は、こういう場所があまり好きではないのだろう。手っ取り早く離れる為に私を誘った、というところだろうか。

「あぁ、怪しい者じゃない。女性が壁の花となっているのはどうかと思ってのことだ」
「貴方も、手持ち無沙汰だったんですか?」
「まぁ、な…」

パートナーはいないのか、と聞かれたのでお話で盛り上がってるみたいです、と返しておく。貴方も1人じゃないですか、と言えば元から1人で来たんだ、と言われて少しだけ安心して内心ほっとする。

(お仕事、なのかな……)

ちらり、と隣に立つ彼……秀一さん、を、見上げる。いつもみたいな格好じゃなくて、キッチリとした正装。パーティ会場だから当たり前か、と思いつつも慣れないその姿に私の心拍数が上がった気がした。
多分、秀一さんは私に気付いていないのだろう。気付いていたら、彼なら多分もっと意地悪なことをしてくる。気付いてないようなフリをして、多分、腰を引き寄せたりしてくる。だから、気付いてないはず。

「一緒に来てくれるような女性は、見つからなかったんですか?」
「さすがに恋人に頼むのは気が引けてな…」
「あら、苦手なんですか?こういう雰囲気」
「……未成年、だからな」

言いにくそうに言った秀一さんから視線を逸らして、内心謝罪をしておく。秀一さんが気付いていないだけで、今話している女性は未成年です。
さっきから飲んでいるものがノンアルコールだと気付かれないことを祈りつつ極力秀一さんの視界に入らないような位置に隠す。

「それだけ年下の恋人なら、可愛くて仕方がないんじゃないですか?」

可愛いと、私が思われていたいだけだ。普段なら聞くことは出来ないし、多分聞いてもはぐらかされるのだろう。それか、意地悪をされてしまう気がする。いっそ他人なら教えてくれるのかも、という淡い期待。秀一さんを見れば、彼はフッと笑った。

「確かに、そうかもしれんな…。つい、甘やかしたくなる」
「あら、そうなんですか?」
「あぁ。甘やかして、苛めたくなる」

どっちかと言うといじめられてる気がするのは気のせいかな。ココで言ったら私の正体がバレるので言わないけれど。でも、ちゃんと秀一さんから想われていると分かって、つい笑みを浮かべる。
私が笑う意味が分からなかったのだろう、秀一さんは面白いことでもあったか?と尋ねられたのでいえ、と短く否定を返す。

「そんなにスラスラ言うタイプには見えないから、意外だなって思っただけです」

意外に饒舌なんですね、と付け加えるように言う。アカの他人にそんなことを言うのは、確かに秀一さんらしからぬ行動なようにも思えた。ましてや、初対面の人だ。

「確かに、あまり言うタイプでもないな」
「やっぱりね。じゃあ、何故私に?」
「……似てるんだ、その恋人に」

フッと笑いながら、秀一さんが言った。見た目は、私とは全然違う。それでも、秀一さんはこの仮面の下にある私を、見てくれているというのだろうか。
秀一さんは手に持っているグラスを見ながら、小さく何でだろうな、と呟いた。

「見た目も口調も似ていないのに、雰囲気がよく似ている」
「へぇ…」
「恋人が君ぐらいの年齢なら、俺もここまで悩むこともなかったんだろうな」
「悩んでいるんですか?」

30超えた男が、未成年に手を出すというのは狂気の沙汰だろう。そう言った彼は、どこか淋しげに笑った。
私が思っていた以上に、秀一さんは年齢のことを気にしているらしい。同時に、私の身の危険も。逆恨みをされるかもしれない危ない仕事をしているから、巻き込まれなければいいんだがな。そう言って、シャンパンを飲み干す。

「その恋人は、幸せですね」
「そう、思うか?」
「えぇ。それだけ悩んでくれるってことは、想われているってことでしょう?」
「……そうだな」

大人しくしていろと言っても聞かないじゃじゃ馬娘だが…甘え下手で、強がりで、自分の身よりも真っ先に俺の心配をしてくる、可愛い恋人だ。
フッと笑って、秀一さんが言った。とても、幸せそうな顔で。
今の話は、全て忘れてくれ。そう言ってパーティー会場へと消えた彼の方を見ながら、赤くなった顔を隠す為に、両の手で顔を覆った。