04.現実的現実逃避



結果から言うと、勝ってしまった。

5人、しかも男で高校生を相手に、まさかの無傷で完膚なき勝利をしてしまった。素人と有段者ではこうも違うものなのか。
我ながらドン引きである。

まあ結果的に私は無事な訳だし、と思ったら事態はさらに深刻化した。
なんと、そのボコボコにやられてた男子中学生は、かの有名な隣の席の怪物くん的な人だったのである。
中学校では喧嘩が一番強いと言われているその男の子は、翌日停学してたのにも関わらず学校へやってきた。魔神だ鬼神だと恐れられた男の子がいきなり学校に来て、しかも包帯だらけだったことで、散々たくさんの人の視線を集めた末、彼はあろうことか私の姿を見つけるなり開口1番にこう言った。


「おい、昨日のこと忘れたとは言わせねえ……俺と勝負しろ」


その様子は、何も知らないクラスメイトからしたら今世紀最大のミステリーだっただろう。地味で根暗な女子中学生が、学校一の不良に喧嘩を申し込まれているのだから。


分りやすく言うと、色々なこと(タイマン)があった末に私はその男子に尊敬されてしまった。
そしてそれはさらに波紋を呼び、噂は尾びれがつきまくり、私はいつの間にか地元の中学生の頂点に立っていた。


「てめえが女帝の宮瀬か?ちょいツラ貸せや」


グッバイ、平凡ライフ。

廊下を歩けばヒソヒソじろじろ、いつの間にか舎弟になった先輩や同級生たち(もちろん許可した覚えはない)は会うたびに丁寧な挨拶をしてくる。
喧嘩上等、下克上主義な喧嘩好きはどこから噂を聞きつけたのか、私にタイマンを申し出、その度に私はテキトーに対処していた。
待って私普通の女子中学生なんですけど。
おい男子共よ、それでいいのか。

そうして進級し中学2年生となる頃には、私は立派な喧嘩ヒエラルキーの不動の頂点に立っていた。あれこれなんか漫画違くね?



そして私は決めた。
この学校から、町からどこか遠いところへ引っ越すしかないと。
誰も私のことを知らないところに。


そんな時だった。
女優業を営む私の母が、なんと今度の映画の撮影で渡米することになったのだ。
長期撮影ということで、母としては私も一緒にどうかとそれはそれは魅力的なお誘いを受けた。


「アメリカ…!?」
「そう。でもパパは日本に残るから、行くか行かないかは優美の好きにしていいからね」
「お、お母さんはどっちが良い…?私、足手まといとかにならないかな……」
「そんなわけないわよ!寧ろ私としては一緒に来て欲しいわ。アメリカって怖いじゃない?SP雇うのも面倒だし、あんたそこら辺の男より全然強いし」


子育て女優のイメージもあるしね、という母の言葉は聞かないことにした。
実の娘(中学1年生)をSP代わりにするって流石私のお母さんだわ。そういうところ好きだよ。
それに銃で撃たれたときの応急処置も父から学んだことだし、行けないことはないだろう。
私はもちろん、ふたつ返事で了承した。

日本に残って女帝を続ける?冗談じゃない。
アメリカは確かに犯罪大国かもしれないけど、日本にはかの有名な事件ホイホイとヤバそうな組織が根付いているのだ。
そんな国から離れられるなんてなんてラッキーなんだろう、神様ありがとう。


そうして中学2年生から、私はアメリカへと旅立った。

グッバイ、喧嘩ライフ。
でもまあ今思えば、喧嘩を通して実践が積めたいい経験だったと思う。