07.沈む海月



日本に小学生以来初めて友人が出来た。


『優美ちゃん久しぶり〜!元気にしてる?今週の土曜暇だったらランチ行こう!もちろん私の奢りで(*´∀`*)』

『奢りですか?ウワヤッタ!率先して予定空けときますね!』

『駅前のスープパスタ専門店でいい?』

『任せます。楽しみです。』


久しぶりに友人からメールが届いた。そもそも私に来るメール自体天然記念物なのだが、それが迷惑メールや契約会社の告知メールではなく知人からとなるともはや特別指定絶滅危惧種並みに超がつく極レアである。この時代の設定はよく分からず、一応スマホではあるのだがアプリやSNSは普及しておらず、連絡手段はメールと電話。小学生時代の友人らは、あの頃は携帯自体なかったから連絡先を知らないし、アメリカの友人とはメールは国際料金が高いからと手紙でのやり取りをしている。高校では不用意に連絡先を教えないようにしてるし(そもそも人に関わらないようにしている)、何が言いたいかというとつまりメールをする友達、メル友がいないのである。
そんな私が友人から、しかも日本に帰ってきてから出来た友人からメールが届くとなるとそれこそツチノコ並みのレアさである。あれ、そもそもツチノコって架空の生物だっけか。じゃあイリオモテヤマネコぐらいのレアさで。


「ええ、恵美さん元彼と復縁したんですか」
「したんじゃなくてしたいの!」
「ええ……」


浅田恵美、こと私の友人である。友人と言っても彼女は大学生で、私よりはいくらか先輩である。(と言っても精神的に年下に思えてしまうのだが)


「前から言おうと思ってましたけど…」
「何よ」
「恵美さん男の趣味悪いですよね」
「……!!」


私は改めて恵美さんから聞いた彼氏の情報を頭に思い浮かべた。

ヘビースモーカーでロン毛にいつもニット帽を被ったイケメンマッチョ(恵美さんフィルターかかってる可能性あり)。恵美さんの運転してた車にぶつかり、それがきっかけで付き合い恵美さんにバイト先を紹介してもらったが、実はバイト先の敵会社のスパイだったために問題が発覚して別れた。つまり最初からバイト狙いで恵美さんの運転していた車に当たりに行ったタチの悪い男にしか思えない。実際に見てないので何とも言えないけど、例えイケメン(恵美さんフィルター以下略)でもちょっとないよなあとも思うのである。というか私的にロン毛な時点で結構無理。全国のロン毛とロン毛ファンの皆さんごめんなさい。


「恵美さんならもっと…何というか、素敵な人って言い方はアレですけど……別な人もいるんじゃないですか?」
「彼じゃなきゃ駄目なの」
「……」


愛、というより執着してるだけなんじゃ、とも思ったが口には出さないでおいた。だけど顔には出てしまっていたようで、私が微妙な顔をしているのに気付いたのか恵美さんが優しい声音で言った。


「優美ちゃんも、恋すれば分かるよ」
「……(恋、)」


あの人の香水の香りを思い出した。
不安になって首元に手を当てる。ドクドクと音を立てていて、ああ、生きているんだなと思った。

……出来れば二度と、恋愛なんてしたくない。


「……うーん、私は恋愛はちょっと…。恵美さん相談する相手間違えてますよ」
「……優美ちゃんってほんと私の妹に似てるわね」
「ああ、製薬会社で働いてるっていう?凄いですよね、私とそう年齢も変わらないんでしょ?いいなあ、憧れる」


恵美さんはじっとりと私を見つめている。なんだその可哀想なものを見つめる目は……良いじゃんキャリアウーマンって感じで。今話題のリケジョとか超憧れるし。


「…妹もだけど、優美ちゃんも外見良いのに勿体無いわよ!何のためのその美貌なのかしら?」
「…え、今さりげなく妹の自慢してきましたよね?」
「私が優美ちゃんの外見だったら、あんなことやこんなこと沢山したのになあ」
「いやスルー!」


あんなことやこんなことって何、なんて無粋なことは私は聞かない。恵美さん怖い。人の身体で何想像してんだ。私がため息を吐くと恵美さんはごめんごめんと謝ってきた。謝るくらいなら最初から言わないでください。


「……で、何でしたっけ?彼氏と復縁したい?」
「それなんだけど……その為にバイトを辞めなきゃなんなくて」
「へえ」
「……でも、上手くいくか、分からないんだよねぇ」


恵美さんがあまりにも憂いを帯びた顔で言うので、私は飲みかけていた珈琲を静かに机に置いた。バイトを辞めるって、普通に辞める主旨を言えば良いんじゃ?何をそんなに……、不安そうな顔をしてるんだろう。


「……、」


大丈夫ですよ、きっと。

そう言おうとして、言葉は喉の奥に消えた。そんな単純な言葉で済ませて良いことじゃない気がした。彼女は私に隠し事をしていて、きっとそれは簡単には人に話せないことで。それを無理に聞くつもりはないし、私もそんな覚悟は持てていない。

それでも、何か、力になりたかった。


「恵美、さん」
「…うん」
「私、強いです。一般人男性よりは強いです」
「うん?」
「頭も良い方で、あの、医療知識も結構あります」
「……えっと…」
「父も母も、そこそこの立場ですし」
「まって自慢されてる?無表情で自慢してる?」

「何かあったら、すぐに呼んでください」
「……」
「私はいつでも、恵美さんの力になるから」


恵美さんがパチクリとした様子で私を見た。何だ、本当に自慢だとでも思ったのか。いや確かに自慢っぽかったけど。それは認める。

恵美さんは可笑しそうに笑うと、ありがと、頼らせてもらうねと言って、私の頭を撫でた。

……私の方が実質年上なはずなんだけどなあ……。