08.車線変更不可



久しぶりに休暇のとれた母と買い物に出かけた。

アメリカへ行ったのを機に習い事は全部やめてしまった私の休日はと言うと、つまりは暇人のそれだった。
例のクラスメート且つヒロインな準レギュラーの彼女達には、どうしたものかことあるごとにお茶やランチなどに誘われている。がしかし彼女達と出かければ最後、きっと飲食店のトイレあたりで殺人事件が起こることは分かりきっているので、そりゃあ勿論丁重に断っているのだが、じゃあ他に交友関係を築くことを怠ってきた私を誘うような友人がいるかと言えば、まあ、御察しの通りである。
することもない私は哀しきかな、もっぱら土手を走ったり土手を走りながらゴミ拾いしたりゴミ拾いしながら走ったり……私走ってるだけやん……。

そしてそんな娘を母は心配するでもなく、寧ろ面白がってるようである。「優美ちゃん一緒に買い物しましょ!」因みにこの文字に起こしたらハートマークが付きそうな台詞を吐く母親、アラフォーである。
まあ似合ってるんだけどね!我が母ながら恐ろしい美魔女だぜ!

そんなこんなで多少金使いの大胆な母に誘われ(連行され)仲睦まじく(荷物持ちとして)ウィンドウショッピングに来ている。冒頭に戻る。

母にかなり振り回されたり、着たくもないフリルを何故か私が着させられたり、つまるところ荷物持ちと着せ替え人形を両立させられるという一番嫌な買い物の付き添い方ぶっちぎり堂々一位の休日ではあったが、まあそんな疲れる買い物も私にとっては登場人物との絡みに怯えることもなく、なんて理想的な1日なんだろうとこの平和な休日を享受していた、

のだが、


「えっ!!」


急に大声を出した母に、私だけでなく道行く人がちらちらとこちらを見た。因みに言うと、母はどこで仕入れたのかのか変装術なるメイク術を心得ていて、その顔は誰しもが知る大女優ではなく、(母曰く)仕事のできる子持ちなバツイチの美人編集長風な女性の顔をしているため、堂々と買い物をしても母が芸能人だと気づく人物はいない。
それはまあともかく良いのだが、どうやら母は知り合いを見つけたようで、脇目もふらずにツカツカと服屋へと入ってゆく。ああお母さん、そこ海外のハイブランドメーカーだよ…シャツ一枚の値段の桁が間違ってるとこだよ…知り合いがいるからってそんな気軽に入らないで……どうせついでとか言って何かしら買うんだろうけど。というか荷物持ちをしながら何故か試着したままお買い上げされたハイヒールにタイトワンピースな娘をちょっとは気にしてほしいなぁ!


「ゆっきー!久しぶり!」


母が話しかけたのは、紳士服売り場で真剣にネクタイを選んでいる女性だった。サングラスをかけて、女優帽を被っている……あからさまだ……。
女性は振り返ってサングラスを少しだけ上にあげた。スタイルはモデルである母に勝るとも劣らず、髪は綺麗に巻かれており、サングラスから覗く目は溢れ落ちそうな程丸く大きくて……まあ一言で言い表すなら、えんらい美人ということである。しかも私どっかでこの人見たことあるような…。

しかし一方で、母に親しげに話しかけられた女性は、ポカンという効果音付きで母を見つめあげる。母のことを誰だか分かっていないようで、そんな女性の様子に母は慌て始めた。


「えっ嘘っ!覚えてないの!?」


そこで私は思い出した。今の母の姿は普段とはかけ離れた美人編集長風であるということを…。
「お母さん…」母の陰に隠れていた私はこっそりと耳打ちした。「美人編集長風メイク…」

すると私の声に気付いたのか、今まで母を凝視していた女性が私の姿を見るや否や、元から大きかった目がさらに大きくなった。


「もしかして、優美ちゃん…?」
「えっ…と、はい、あの、」
「きゃーっ!!」


女性が急に叫び声をあげて私に抱き付いてきた。えっ。
頭は完全にパニック状態である。何これ…えっ。美人に抱きつかれてそりゃ悪い気はしないけど、いやでもどうした?何が起こってるの?てかこの人誰?


「綺麗になって!小さい頃もホント可愛かったけど〜、もぉ!」
「えっ……あり、がとう…ございます?」


どうやら相手は私を知ってるっぽい。しかし残念ながら、私のこのクソみたいな脳みそに尋ねる限りではこの人にあった記憶はない。まってまってお母さんどういうこと助けて。
私がちらりと母を見ると、母は何故か私を睨んでいた。イヤなんで!?


「……てことはもしかして!」
「もう、何で私より先に娘に気が付くのよ」
「きゃーっ、久しぶり!!」


今度は女性と母が二人で抱きつき始めた。いやスキンシップ激しすぎ!アメリカンだな!
それにしても三十路の女性が二人で女子高生のように抱き合っているのは中々にない光景である。イタく見えないのは二人とも絶世の美女だからであろう。もう私の周り顔面偏差値高すぎて泣きそう。
こちらを伺うようにチラリと見る店員に慌てて頭を下げる。お母さんたちここ店内だから!しかもし◯むらとかユニ◯ロじゃないから!高級店だから!

私が遠慮がちに母の袖を引っ張る。私の焦ったような顔に母は何かを察したようで、一旦はその友人と離れた。「とりあえず店を出ましょう!」そう言って適当にウン万とするネクタイを2、3本購入した。我が母ながらその金銭感覚怖い。


「優美、時間空いてるわよね?」


二人はどうやら相当仲の良いようで、有希子さん(母にはゆっきーと呼ばれている)のご自宅にこれからお邪魔することになったそうだ。どうせ私には拒否権がないし、何しろ歩き回ったことと荷物持ちのおかげで足がゴボウのように疲れ切っていたのだ喜んで了承した。


「うわ豪邸」
「アンタも同じくらいのとこに住んでるでしょうが」
「いやお母さん……それは嘘…」


有希子さんに案内されたご自宅は、何というか、ガチ目な豪邸だった。ここだけ時代も国も違う感ある。お母さんがサラッと嘘を吐くもんだから、私は呆れながらその豪邸を見渡した。
入るときにちらりと見えた「工藤」と言うプレートは見なかったことにした。