2019/11/11

ag→kmt

松陽に拾われて名前をもらった女の子が鬼滅世界に転生してぼんやり、少しずつ思い出す話。

呼吸の使い方は知らなかったけど、刀の使い方は知っていた。鬼の切り方は知らなかったけど、人の切り方は知っていた。切る度過る悲しそうな顔は、いったい誰なんだろう。

無限列車で夢を見る。過去は過去でも、前の人生の夢。そうだ、私の名前はーーー



★ ☆ ★



助けたかった人がいた。

私達の未来を想って死んでいった師も。
その師の意思をつなぐために、友の目の前で恩師を切り捨てた兄も。
恩師を親のように想っていた兄に首を切らせ、恩師を死なせた自分を憎んだあの人も。



「ごめんな、   」


ただそれは、もう随分昔の事なので、

もうあの時の自分の名すら、思い出せずにいる。






<胡蝶の夢>





「蓮さんからは、いつも悲しいにおいがするんだ。」

炭治郎が言っていた言葉が本当だったのだと思った。未だ夢を見ているのか、蓮さんはどんなに呼び掛けても瞳を開かない。禰豆子ちゃんが燃やしても、伊之助が揺らしても、蓮さんの瞳は閉じたままはらはらと涙を流して、悲しい音を鳴らしていた。






「京?何泣いてんだお前…。」
「…兄さん?」
「は?」

どうした、何か怖い夢でも見たの?なんてふざけて返しながらも、飛びついた私を抱き止めてくれたその人。
知ってる。この腕も、声も、温もりも、


「京、」


私の名前も。





「そっちに行くな、京。」
「!!?」

肩を引かれ、兄から離された。小さな体じゃ抵抗なんてむなしくて、呆気なく距離が開く。

「離して!お兄ちゃんが、お兄ちゃんが行っちゃう!待って!お兄ちゃん!」

悲しそうな笑顔なんか見たくなかった。何度も何度も思った。でも結局、私は最期まで兄に悲しい笑顔をさせてしまった事を覚えてる。でも、兄は決まって、そうして笑った後に慈しむような優しい瞳を見せるのも、覚えてる。

「っ、待って、兄さん…!」


バシリと、頬を打たれた。
そうして私は、ようやっと引き離した相手を視界に入れ、今と、過去を、理解した。


「京、」


滲む視界に、少しでも長くその人の姿を映していたかったけれど、ぐいっと引かれた腕でよろけ、その人の方へ倒れこんだ。
顔を埋めた肩口から、ほんのり紫煙の香りがした気がして、我慢していた水滴が、席を切ったようにはらはらと零れだして、じんわりと濡らしていく。

「こんなところで油売ってんじゃねえ。まだお前が来るには早いんだよ、京。」



紫がかった黒い髪、宝石みたいな緑の瞳。華奢にみえてしっかり鍛えられた体も、豆だらけの大きな掌も。あの時から変わらなくて、私の思い出は鮮明で、次から次へと出てくる涙と一緒に、次から次へと溢れでて来た。

嗚呼、どうして、



「…会いたい。」

今が分かってしまったから、ここを出たらもう二度と会えない事が分かってしまったから。
生ぬるいこの腕の中が心地よくて、この世界が心地よくて、目なんて覚めなければいいと思ったから出た言葉。
抱き締める力を強くしたことに気がついたのか、答えるように抱き締め返してくれる。

「会えただろ。」
「違う!分かってるの!本物じゃないって、夢だって。
だって…貴方は私をこんな風に抱き締めてくれないもの。」

会いたいよ、晋助さん。

ふと、背中に回された腕が外されて、頭に触れた。
数回私の頭を優しく撫でたその掌は、そのまま優しく後頭部に回された。二人そろってぎゅうぎゅうとお互いを抱き締める。
もう、お互いに分かっている。



「…お前が、これでもかってぐらい生きて、満足したら、それから会いに来ればいい。」
「会ってくれる?」

もしかしたら、その頃にはおばあちゃんになっているかもしれない。腰が曲がって、目もいまいち見えていないかもしれない。

「お前がどんなにババアになろうが、どれだけ醜くなっちまおうが、必ず迎えに行ってやるよ。」




そうしていたずらが成功した子どものように笑うその人の顔を、私は一生忘れないだろう。

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