「お!いたいた…って、あーあ、ありゃ駄目だな。」
男の視線の先には地面へと叩きつけられた男とそれを呆然と見つめる者達が数人、そして目当ての女が青い影を惑い凛と立っている。ゆらゆらと揺れる青い影は拳のような形も見え、揺れる様は彼女の感情を表しているように見えた。
双眼鏡越しにそれを見つめる男の手には子電伝虫が握られている。
『どうかしましたか?』
「命知らずが喧嘩売ったみてぇだぜ。ぶちギレてら。」
「ヤレヤレ-!」
「ブットバセー!」
思わずにやける顔を隠しながら男は電伝虫へと状況を伝えた。美しく揺れる金糸の隙間から見えた蒼い瞳はずいぶん感情が現れていた。
男の周りをふわふわと飛び回る小人達からはヤジが飛ぶ。電伝虫の向こうの相手に悟られないよう男は彼らに静かにするようジェスチャーをとばしたが、どうやら遅かったようだ。
『…楽しんでませんか?』
「あ、コラおめーらが騒ぐからバレちまったろうが。」
電伝虫越しに聞こえたため息にびくりと肩を揺らす。怒らせたらこえーんだぞあいつ。とジト目で己の分身とも言える小人達を見やったが、当然目が合うことはなかった。
小さく笑い声がこぼれた。電伝虫からだ。
通話相手はどうやら随分と機嫌がいいらしい。楽しそうに指示を出してくる相手に、男はまた口角が上がっていった。
『まあいいですよ、僕も出来れば見たかったけど…無事であるならそれでいい。とりあえずそのまま、様子見でお願いしますよ、ーーミスタ。』
「りょーかい、ボス。」
それなら存分に楽しませてもらおう。赤いニット帽を被り直し、男は静かにその場を後にした。
◆ ◇ ◆
鍛冶屋の二人をナミとウソップに任せ、マリー、ルフィ、サンジは海賊がいるという川へ来ていた。リバータウンの名にふさわしい美しい川は、どうやら少しづつ上流へ近づいているようで、水の透明度も、流れの速さも随分と変わって来た。
「川は上へ行けば行くほど大きな石が出てくる。上流から転がった石達は、川の流れに合わせて削られ、小さくなり下流へと流れていくからね。ここにある石達も、いつかは川をながれて小さく削られ、下流へと流れ着くのよ。」
「博識なマリーちゃんも素敵だぁ。」
「ものしりだなー、お前。」
「友人が物知りなのよ。私はそれを聞いてきただけ。今のも受け売りよ。宝石を採掘するならこの近くだと思ったのだけど…」
「よし!呼んでみよう!おーい!鍛冶屋のやつー!!!」
「オロすぞテメェアホか!?でけぇ声出すなバレるだろ!!」
「あ、そっか。」
そんなやり取りの最中、がさりと草を掻き分ける音が茂みから聞こえ、三人は身構えた。がさがさと近づく気配に、自然と力が入る。
「ほら、どうすんだルフィ、お前が騒ぐからだろ。」
「そーか、すまん!ぶっ飛ばせばいいか?」
「しっ!二人共、来るわよ。」
目の前の茂みががさりと揺れた。
「あ、」
「アァ?」
「お!」
現れたのはルフィ達のよく知る人物で、二人はそれぞれ笑顔と苦い顔を浮かべ、端から見ていたマリーは三人の反応に肩の力を抜いた。
「その感じだと…知り合いなのね。」
「「いや、知らねぇ。ア゛ァ゛ン!?」」
「あっひゃっひゃっひゃっ!ゾロォ!お前なぁんで茂みから出てくんだ!」
腹を抱えて笑うルフィに構わず睨み合うサンジと、茂みから現れた剣士にナミの呆れた顔を思い出したマリーは息を吐いた。
「ナミの苦労が分かる気がするわ。」
◆ ◇ ◆
一通り事情を説明し終わると、ゾロは呆れた表情で眉を潜めた。
「俺達が手をかしてやる義理もねえだろ。」
「てんめぇは血も涙もねぇな剣士コラ、麗しいレディが困ってたら手を貸すのが常識だろうが!」
青筋を浮かべ蹴りかかろうとするサンジに、ゾロも応戦しようと刀を抜こうとする。相も変わらず二人の船長は腹を抱えたまま笑い転げているため、止められるのはゾロと初対面のマリーしかいない。統一性のない人達だなあと思いながらも、まずはゾロに蹴りかかるサンジに訂正をしようと口を開いた。
「いや、サンジくん、申し訳ないけれど私困ってはいないわ…。」
「いや、待ってくれマリーちゃん、遠慮なんてしなくていいんだよ。あんなひでぇ事をしてきやがるクサれ野郎共はこの俺、貴方の騎士(ナイト)、男サンジが全部蹴散らしてやるからねええ!」
「まああれだ!面白そうだからついてきた!」
「一人でも問題ないって言ったのだけど…。」
「ほーん、そうか、まあ退屈しのぎにはなりそうだな。」
うおおおと気合い十分なサンジを余所に話を進める三人。すでに自分も統一性のないメンバーの一人に組み込まれて居るとは気づいていないマリーを含め、好き勝手喋る四人の背後からまたがさりと音がした。
「、どうやら今度は本当に来たみたい。」
「…へぇ、結構な人数居るじゃねえか。」
「クソ野郎どもが、レディ一人になんちゅう人数で来てやがる。」
「うっし!やるか!喧嘩!」
「マリーさん!」
「ルミール!」
ぞろぞろと現れた男達の後ろから、一等大柄な男がニヤニヤ笑いながら現れた。男の持つロープの先で縛られた少年がマリーの名前を叫んだ事で、彼女の意識がそちらへ行き、目を見開いた。
「ほぉ、フローの言う通り随分な別嬪じゃねえか。あの嬢ちゃんがテメェをぶっ飛ばしたのか?」
「そうですよお頭!おかしな術使って、あの女悪魔の実の能力者ですよ…!」
俯いたまま静かに佇むマリーの隣でゾロが不敵に笑う。目の前の男どもより、こっちの女の方が骨がありそうだと感じたのだ。
「へぇ、悪魔の実の。」
「いや、ゾロちげえんだよ。不思議玉だ!不思議玉!」
「ああ?なんだそりゃ。」
目を輝かせながらゾロに力説するルフィを余所に、マリーの怒りは静かに蓄積されていた。
ふつふつと沸き起こるものに、今にも拳が飛び出しそうになっているとも知らず、男達の親玉であろう男は俯く彼女に少しずつ近づいていった。
「お、お頭、あぶねぇっすよ!ホントに強えんだその女!」
「なに腑抜けた事言ってやがる!女にひけを取りやがって。どんな力を持ってようが所詮は女だ。なあ嬢ちゃん、もっぺん顔見せてくれよ。」
「テメェ…!」
思わず飛び出そうになるサンジの横を、金糸が横切った。三人よりも何歩か前に出たマリーの瞳は前髪に隠れて見えていない。普段の彼女を知るルミールは、縛られた手はそのままに、ぶるりと肩を震わせた。
「ルミール、頬が腫れているわ。何度殴られたの?」
「え、わ…分からない。…10は殴られた…のかな…。マリー?」
「そう、分かった。」
「なんだ嬢ちゃん、こいつを殴った分と同じだけ相手をしてくれるとで…」
も?と続ける筈だっただろう男の言葉は発せられることはなく、バキィといった鈍い音と共に地面へと沈んだ。
「なら、今からこいつを10回殴ればあいこになるかしら?ああ、でもおじさんとおばさんの分もあるわよね。一体何回殴ったのかしら。」
「ガホッ、ま、まて、まってくれ、」
鼻が折れたのか、ボタボタと鼻血を抑えながらふらふら起き上がった男に、マリーはヒヤリとした視線を向ける。
「あ、謝る、謝るから、そうだ、俺達はただ宝石を採ってるだけなんだ、それもやる!だから許し…」
「男が命乞い?見苦しい。聞き入れてやる義理もないわ。」
だって貴方が最初にそうしたんだものね。と笑う女に背筋が凍る。このままでは、と男はロープを手繰り寄せ、懐から出したナイフをルミールへつきつけた。
「う゛っ!」
「ば…馬鹿にしやがって!このガキがどうなってもいいってのか!?」
「…救いようがないとはこのことね。勘違いしてるようだから教えてあげるわ。どれだけ貴方が命乞いしたとしても、ルミールを人質にしようとしたとしても、貴方がこの人達に手を出した事に変わりはないでしょう?
刀も台無しにしてたわよね、そう考えると貴方、随分彼らにツケがあるんじゃない?」
「ああ?海賊相手になに言ってやがるこの女!近づくんじゃねえ!」
《蒼き力(ブルー・ストレングス)》!!!
彼女の背後から、ゆらりと蒼い拳が現れた。
「そのツケ、きっちり払ってもらうわよ。」
◆ ◇ ◆
「Jojo、貴方私の分まであの男を殴ったでしょう?」
「…ツケを精算しただけだ。」
「もう、なら私が自分でやるわよ。女だからなんてセリフ、聞きあきるぐらい言われてるんだから。」
こちらが手を出せないのを良いことに散々いじめてくれた男は、復活したこの美丈夫によって顔の形が変わるほど殴り飛ばされた。唯一女であったマリーもまた、男達に色目を使ってるのだろう、自分にも女らしくなにかしてみろと好き勝手言われて腹が立っていた所だった。
丁度運良く仲間達が道を切り開いてくれたおかげで、こうして男はパワー型最強クラスのスタンド、スター・プラチナによって殴り飛ばされたのだが。
「…お前は、女ではあるが俺達の仲間で、同士だろう。もっとキレても良かったんじゃねえのか。」
手が出せなかった間に切ってしまった傷の血を丁寧に拭いながら、マリーは男に笑いかけた。
「あら、とっくにキレてたわ。貴方が私の事を言われた時に、我慢が効かなくなりかけたように。
私も、あの男が貴方に何かしてくれる度、腸が煮えくり返っていたのよ。」
「…お前がそんなに我慢強い女だとは思わなかったぜ。」
遠くから仲間達の駆けてくる声が聞こえ、笑って手を降るマリーに、やれやれ、とため息をついて男は笑った。
◆ ◇ ◆
圧倒的だ。とルミールは思った。
普段おっとりとして優しい彼女からは考えられないぐらい重い拳が繰り出され、お頭と呼ばれた大男は地面に埋もれるように沈んでいる。彼女が男を殴り飛ばしたのを皮切りに襲いかかってきた手下達は、マリーが連れてきた三人によりこれまた地面にごろごろと倒れている。
「ちったあ骨のあるやつも居るかと思ったんだが…興醒めだな。」
「ったくクソ野郎どもが、ヘドが出ることばっかしやがって!
んマリーちゃあん!怪我はなあいー??」
「な!ゾロ見たろ!マリー強えしおんもしれえ技ばっか持ってんだよ!」
ハートを飛ばしながら近づくサンジに涼しい顔で大丈夫だと笑うマリーも含め、四人は無傷だ。
「ルミール、頬を冷やしましょう。他に怪我はなあい?」
「うん、大丈夫だよ。…マリー、」
「?なあに?」
川で冷やしたタオルを頬に当てるマリーに、礼を言いかけた時だった。パァンと近くの木に銃弾が当たった。
「海賊、モンキー・D・ルフィとその一味だな!大人しく投降しろ!」
「海軍んん!?」
「マズい、何でか知らねえが海賊だってバレてるぞ!」
「おい、ルフィ!逃げるぞ!」
「おう!…マリー!」
バタバタとあわただしく立ち去ろうとするサンジとゾロに続いて逃げようとしたルフィは、マリーとルミールを見てピタリと足を止めた。
「ルフィ、急がないと海軍が来てるわ、はやく二人と一緒に…」
「俺達と旅しよう!」
「おいルフィ!今じゃねえだろ!」
「急げルフィ!ここにいたらマリーちゃん達もあらぬ疑いをかけられる!」
「お前、探し物するためにグランドライン行くんだろ?だったら俺達と行こう!一人で旅したってつまらねぇじゃねえか!」
「おいルフィ!」
「急げ!もうすぐそこまできたぞ!」
「探し物ぐらいつきあってやる!だから行こう!俺達と旅しよう!仲間がいた方がさ、」
近くまで来ている海軍に慌てるゾロとサンジを余所に、マリーを真っ直ぐ見つめて笑ったルフィの告げた言葉に、マリーは目を見開いた。
「おんもしれえ事、いっぱいあるだろ!」
行こう!と手を伸ばすルフィに、マリーはまた呆れながらも笑った。
『つらいことがたくさんあったが…でも楽しかったよ。みんながいたからこの旅は楽しかった』
「そうね、みんながいたから、楽しかったものね。」
「?」
「ルミール、ありがとうっておじさん達に伝えて。怪我、ちゃんと治すのよ。」
頬に当てていたハンカチを受け取ると、ルミールはマリーの目を見て笑った。
「マリー、ここに来てから一番楽しそうだ。」
気をつけてね、ありがとう。笑いかけるルミールに、また笑顔になったマリーは、力強く頷くと、振り返ってルフィの手を取り立ち上がった。
「行こう、ルフィ。」
これからよろしくね。と笑う彼女に、ルフィは満足そうに、おう!と答えた。