袖すり合うも多生の縁



江戸の街に、一体どれだけの人が住んでいるのかなんて知りもしないが、とにかく、こんなに沢山人がいる中で、十数年連絡なんて一切取ってこなかった、仲の良かった数少ない幼なじみに会える確率なんて宝くじを当てる方が簡単なんじゃ…?と、思っている。
まあ十数年も経ってたら、そりゃあ私も向こうも見た目は変わってしまってるから、すれ違うぐらいじゃ正直気付くなんて無理な話だ。

「無理な話だと思ってた…思ってたんだよ…」
「おいコラお前どこ見てやがる、視線がっつり頭に行ってんじゃねえぞコラ、天パみてんのか、変わらねえって気付いたの天パか?天パなのか?お前すれ違いざまも見てたよな、顔かと思ってたけど明らかに頭見てたよな!!!」
「違うよ銀、私が見てたのは銀の顔面。子供の頃からやる気のない顔面でアホ面晒してたなって覚えてたからすれ違った時も気付けたんだよ。」
「ちょ…名前ちゃん待って、心臓ヒュッてなったよ…え…お前昔からそんなこと思ってたの…?てか今なうでそんなこと思ってんの…?」
「銀に会うとエブリデイで思ってる。」
「嘘だろ嬉しいのか悲しいのかわかんねえよ…。」

見てほら涙出てきた…と向けられた顔面を無視して、わたあめみたいにふわふわな髪に触れてみた。

「ねえ、銀、せんせ、何て言ってた?」
「…ありがとう、だと。」

これから首切るって相手にそりゃねーよな。なんて笑って言ってる銀時は、涙はなくても今の方がずっと泣いてるかおだ。
するりとほっぺたに手を移動すれば、ほんの少しだけすり寄せられた気がした。

「そっかあ」
「…ごめんな、名前。」

ごめん、と謝る彼を見たくなくて、ほっぺたに当てた手を少し浮かせてそのまま思い切り摘まんだ。

「いだだだだだ」
「よかった。」
「?」
「三人が生きてくれて、よかった。」

そうして笑って、名残惜しいけれど手を離す。呆気にとられる赤い瞳は、小さい頃から宝石みたいで大好きだった。

「銀、いいよ、もういいの。」

先生との約束は守っても、私達の先生を助けたいって想いを裏切ってしまったことを、ずっと悔やんでることを知っている。
それでも、先生の想いも、私達の命も、全部背負って来てくれたことを知っている。

ずっと護ってきてくれたことを知っている。

「今まで縛っててごめんね。今まで、一人で背負わせてごめんね。」

すれ違うだけじゃ気づかないなんて本当は嘘。ここが現実じゃない事は、彼に会って思い出した。
思い出してしまった。

ずっと見てきたのだ、私は。悔やんで悔やんで、自分がしたことは果たして正解だったのか、死んでいった仲間への、生き残ってしまった仲間への懺悔を、胸の内にずっと抱え込んでいたのを。

「もう、私達は大丈夫。」

ずっと私達を見てきてくれた宝石のような赤い瞳が、何時からか、私や小太郎や晋助よりも、綺麗に映しているものを知ってしまった。映ったそれらもまた、宝石のようにキラキラ輝いていたことを。

「過去にとらわれないで、未来を生きて。私達は大丈夫。
ほら、前を見て。貴方の大切な人達が待ってる。」
「!…名前、お前…。」
「中途半端なまま来ちゃだめよ?そんなことしたら、銀の大嫌いな彼が追い返しちゃうんだから。」
「名前、待て、俺は…」
「振り返っちゃダメ、もういいのよ銀。私達の分まで、ちゃあんと、幸せになって。」



夢の世界が閉じる直前。宝石のような赤い瞳には、紫煙をくゆらす深い菫色の隣で、花のように綺麗に笑う女が映っていた。










◆ ◇ ◆



「…どこから気づいてた。」
「銀が謝ってきたとき。実はね、此処で会うのは二回目なの。最初に会ったときはもっとぼんやりとしか会えなかったし、会話も出来なかった。
今回は貴方がいたからかな?」
「人数なんかで変わんのかよ。じゃあ次はヅラがくたばってからだな。」
「小太郎はゴキブリみたいな生命力だからなかなか死ななそう…」

それもそうだと笑う菫色の彼は、緑色の宝石が二つキラキラ光ってる。二つ並んでいる所は、夢の中でもずっと昔に見たままだ。
最後に並んでいる所を見たときよりも、ずっと優しく細められたそれに擽ったさを感じた。

「…また会える?」
「お前が会いに来ればいい。」
「分かった。」
「…じゃあな、名前」

のんびり地獄で、野郎を待つとすらぁ。

笑いながら言った彼は、これから地獄へ向かうと言うのにどこか嬉しそうだった。





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