幸せとは
「ーー!ー…逸!!善逸!!」
「(…姉ちゃんの声だ…。)」
獪岳を切ったあと、夢を見ていた気がする。川の向こうに爺ちゃんがいて、俺は必死に叫んで、爺ちゃんはなんて言ってたっけ?
ゆっくりと目をあけると、強くて優しい大好きな姉弟子が、ポロポロ涙をこぼしながら俺の名前を呼んでいた。
姉ちゃんごめん、泣かないで。泣かないで。
俺知ってるんだよ、爺ちゃんが腹切った日、姉ちゃんが一人で泣いてる所を見ちゃったんだ。
『…っ…ごめんなさい、先生…!獪岳、ごめんね…ごめんね…!!』
初めて会った時から姉ちゃんは獪岳のこと気にかけてたって言ってたから、
姉ちゃんは爺ちゃんに会うときいつも嬉しくて大好きだって音がしてたから、
俺がいなければ、獪岳はああはならなかった。
俺がいなければ、爺ちゃんは死ななかった。
俺がいなければ、姉ちゃんは泣かなかった。
『善逸は私と同じで、とっても耳がいいのね。』
そうだよ姉ちゃん、俺耳がいいんだ。
でも獪岳の音を聴いても、どうすればいいか分からなかったんだ。どうすれば良かったのかなあ、何をやっても駄目だったんだ。きっと俺だったからだ。
「…ねえ…ちゃ…、」
「!?、善逸!?」
「おい!手当て中だぞ邪魔だ!!」
ごめんね姉ちゃん。名前姉ちゃん。
“継子”になるはずの獪岳と俺がこんなんで。姉ちゃんの大好きな爺ちゃんを死なせて。強くて優しい姉ちゃんのこと泣かせて。
「…ご…めん…、ごめん、」
◆ ◇ ◆
嗚呼、背負わせてしまった。優しいこの子に、努力家だったあの子の、厳しいけれど私達を愛してくれていた師の、私達の家族の命を。
「善逸!善逸!!善逸!!」
この子がどんな想いで闘ったのかなんて、今どんな気持ちかなんて、音を聴けば直ぐに分かる。
この子は、いつも誰かに謝っていたから。
初めて会った時も、入隊を祝ってあげた時も、先生の知らせが届いた後も。
『ごめん。ごめんなさい。ごめんね。』
違う、違うのよ善逸、謝るのは私なの。
獪岳の音を私も聴いていたのに、幸せが零れていく音をちゃんと聴いていたのに。
柱になったのに、弟一人、哀しみから掬い上げてあげられなかった。
『俺はお前らとは違う!』
「…ねえ…ちゃ…、」
「!?、善逸!?」
「おい!手当て中だぞ邪魔だ!!」
善逸の音を拾って、手当てをしてくれている男の子の音を無視して近づいた。ごめんなさい、直ぐに離れるから、この子の声を拾わせて。心の中で謝って、必死に声を拾おうと顔を近づけ耳をすませる。
ぼろぼろになった大好きな弟から、自責の音と哀しみの音が聴こえる。苦しくて哀しい音。
「…ご…めん…、ごめん、」
もうずっと泣いているから、善逸の頬を流れる涙が、善逸のものなのか、私のものなのかは分からない。
でもボロボロになって、ポロポロと涙を流す善逸が私の目の前には確かに居て、傷だらけの体をそっと抱き締めた。
◆ ◇ ◆
俺は炭治郎みたいに鼻が良いわけじゃないけど、この香りは分かる。姉ちゃんの香りだ。雷の呼吸で焦げた匂いに混ざる、甘くて優しい花みたいな香り。
「善逸、善逸はすごい子よ!えらいわね、頑張ったわね!」
すごいわ、すごい!と言いながら、姉ちゃんは俺を優しく抱き締めて、まるで子どもをあやすように背中をポンポンと叩いてくる。
「善逸、ありがとう、すごいわ。
十二鬼月に勝って、生きてるのよ。
お前はすごい子よ、善逸。」
抱き締められていた体が離されて、姉ちゃんと向き合う。ボロボロと涙を溢す姉ちゃんの綺麗な目には、同じようにボロボロと涙を溢す俺が映っていた。
こつりと額同士が合わさる。頭を撫でてくれていた優しい手が、頬に流れていた俺の涙を拭ってくれた。
「貴方に出会えて良かった。
生きていてくれてありがとう、善逸。」
『お前は儂の誇りじゃ。』
思い出した。夢であった爺ちゃんは、川の向こうから俺にそう言ってくれたんだ。姉ちゃんと同じ音を響かせながら、姉ちゃんと同じように涙を流しながら。
夢で聴いた爺ちゃんの言葉を思い出して、姉ちゃんがくれた言葉を噛みしめた。
(ー貴方達が人として生きていてくれただけで、私達は十分幸せだったのよ。
ねえ、ーー獪岳。)
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