適度な満腹感、シャワーも浴びてさっぱりとしている。騰がシャワーから戻るまでの間にお酒のあてを用意する。買い置きのフルーツとチーズを皿に盛り、冷蔵庫から生ハムを取り出す、盛り付けようとしたが手が止まる、やっぱり今度にしよ、高いやつだから。
騰はもう何度も私の家に泊まりに来ている、家に帰るのが面倒だとか、よく飲みに行くお店が家に近いとかそういう理由で。とは言っても、帰りにお酒を買って、テレビを見ながら飲み直す、眠くなったら寝る、ただそれだけ。でも私にとっては楽しくて大切な時間。


「美味そうだな」


背後から騰が手元を覗く、生ハムが見付かってしまった。騰が美味そう美味そうと言うので仕方なく盛り付ける、少なめに。
騰の部屋着は浴衣を置いてある、身体が大きいから浴衣の方が着心地が良いようだ。部屋着だけではない、いつの間にか騰の物は少しずつ増えて、クローゼットの中には下着もネクタイもカッターシャツも置いてある。


「何飲む?」

「ウイスキーだな」

「後でワインも開けたい」

「ああ」


二つのロックグラスに氷を入れてウイスキーを注ぐと、ぱりぱりと氷の溶ける音がする、なんとなくこの音が好きだ。グラスを寄せて乾杯すると、グラスに口を付けながらテレビの電源を入れ、面白そうな番組を探す。ちょうど私の好きなバライティー番組がやっていたのでリモコンを置いた。テレビの中では世の中の結婚観について面白おかしく語られている。チーズを一つ口に放り込んだ。


「騰って結婚願望とかあるの?」

「ある、な」

「そっか」


身体のどこかを針で刺されたような痛みを覚える。自分から聞いたくせに相手の答えに勝手に傷付いて馬鹿みたい、気の利いた事も言えなくなるなら最初から聞かなきゃいいのに。久しぶりに思い出した痛みはじくじくと鈍く広がっていく。


「お前はどうなんだ」

「えっ、私?」


結婚はやっぱり好きな人としたい、だけどそれは叶わない、そればかりか想いを伝える事も出来ない。一番好きな人と結婚出来ないなら、二番目とかに好きな人と結婚するのかな、あまり想像出来ないけど。ウイスキーを飲んで息を吐く。


「結婚したい、かな」

「相手はいないのか」

「いないねえ」


また、痛い。
騰のグラスは空になっていた。近くに置いてあるタンブラーに氷を入れて水割りを作る、ウイスキーの瓶を眺め、私達二人だとペースが早くてお酒がいくらあっても足りないなと一人笑う。


「次はワインね」

「そうだな」


私もウイスキーを飲み干して、飲みたかったワインの栓を開ける。ワイングラスを持って来るのが面倒で、タンブラーに注いだ、少し色が薄いが綺麗な赤だ。


「この人最近よくテレビ出てるよね」

「知らんな」

「テレビあんまり観ないっけ」

「家ではあまり付けてない」

「あんなに大きいテレビなのにもったいない」


テレビの中ではもう話題が変わっていた、出演者の掛け合いが面白くてくすくす笑う。チーズがあるとワインが進む、半分くらい飲み進めたところで横からワインが注がれた。


「騰も飲む?」

「いただこう」


新しいタンブラーにワインを注いで騰に渡した。生ハムを食べながらワインを飲んで、美味いと呟く。私もワインを流し込んだ、少し喉が熱い。バライティー番組が終わってコマーシャルが流れた。


「何か欲しいものはないのか」

「え、なに突然」

「誕生日だろ」


覚えてたんだ、確かにもうあと数分で私は二十七歳になる。騰と視線が合うが、見つめ返す事が出来ずテレビの方に視線を逸らしたまま、そうだなあなんて考えるふりをした。物欲はあまり無い、欲しいものなんて、


「結婚相手かなあ、なんてね」


笑いながらワインを飲む、グラスが空になったのでボトルへ手を伸ばすと、騰が先に持ち上げた。静かにワインを注がれて、またグラスが満たされる。


「私にしておけ」


私が本当に欲しいのは手に入らない人だから、今までずっと我慢してた。


「何言ってるの、兄さん」


こう呼ぶのは本当に久しぶりだった。
再婚した親の連れ子同士仲良くしてきた、初めて紹介された時に素敵な人だと思ったし、話せば気が合った。お互いの職場が近くて、お酒が好きで、よく二人で食事をした、会う度に騰に惹かれていった。兄妹じゃなければ、もっと違うところで出会えてたら、いつもそんな風に考えた。騰はいつも優しい兄だったけれど、私は妹になり損ねたのだ。


「結婚相手が欲しいなら、私がいるだろう」


ずっと我慢してた。違う人と付き合っても、騰だったらといつも比べてしまって上手くいかなくて、だから何度も何度も諦めようと思って、連絡を取らないようにしててもやっぱり駄目で。


「誕生日おめでとう」

「騰、ま」


制止の言葉も聞かず、騰の唇が私に触れた。


「ちょっと、待って」


顔を逸らして騰の肩を押す、もちろん私の力で騰を押し返せる訳がない、今度は顎を掬われ無理矢理唇を奪われる。唇だけではない、舌も、息すら奪われて頭の中が真っ白になる。私の変化に気付いてやっと騰が離れた。


「泣いているのか」

「と、騰が、こんな事するから」


更に文句を言おうと口を開く前に、私は騰の腕の中に収まっていた。今までの思いが一気に溢れ出して、涙が止まらない。


「昨日、父には籍を抜いてもらえるよう話をしてきた」

「籍抜くってそれ、」

「心配するな、また家族になるだけだ」


いや、夢だ、これは夢、飲み過ぎて知らないうちに眠ってるんだ。だったらもう、言ってしまっても許されるだろうか。


「好き、好き……」


私を抱く腕の力が強くなる、その温かさにまた涙が溢れた。


「愛してる、結婚してくれ」







なんてことはない、ただのロマンスだ




END
title by ユリ柩様