残業の最中、パソコンと向かい合っていると後ろのドアが開く気配がした。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、まだ残っていたんだな」
「ええ、なかなか終わらなくて」
パソコンから顔を上げずに当たり障り無く返事をする。元々他人にあまり興味が無いので、隣の課の人という事以外彼については何も知らない。
「食事はまだだろう」
「……はい」
「なら、仕事はそれくらいにして食事に付き合ってくれないか」
多少意外に思って彼の顔を見たが、表情からはその意図を読み取る事は出来なかった。どうしようかと少し考えたが、空腹だし喉も乾いた、たまには人と食事を摂るのもいいかもしれない。
「私でよければご一緒します」
職場から少し歩いた所にある近くの割烹に入る、ピークが過ぎたのか店内は落ち着いていた。案内されたのは障子で区切られた掘り炬燵の席だった、すぐにおしぼりを渡されてほっと息をつく。
「いつもこういう所で食事をされるんですか」
「そうだな、一人暮らしで料理もしないからいつも外食だ。酒は飲めるか」
「あ、はい」
ビールを頼んでメニューを見ると、美味しそうな料理が沢山並んでいる。そういえば、何か嫌いなものとか無いのかな。ちらっと前を見ると目が合う。
「嫌いなものは特に無い、好きなものを頼んでいいぞ」
「……エスパーですか?」
そんな訳ないだろう、と言うと彼は面白そうに笑った。こういう顔は初めて見た、かもしれない。
ビールが運ばれてきて乾杯をする。何品か料理を注文して、ビールを飲むと疲れが一気に飛んでいくようだった。
「最近そっちは忙しそうだな」
「抱えてる案件、クライアントの意向がころころ変わってしまうのでその度に修正依頼があって残業ばかりです」
「それはうちの課の責任でもあるな」
「いえ、クライアントが納得するものを作れないのはうちのチームの責任ですから」
失礼致します、と障子が開けられる。思った通り美味しそうな料理が運ばれてきて、思わず頬が緩む。彼と一緒にビールのお代わりを頼んでお箸の留め紙を捲った。いただきます、と手を合わせるとまた彼は笑った。
「お、美味しい」
「そうだろう」
丁度いいタイミングで運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、それに合わせてお酒もすすむ。残業続きで食事を抜いたりコンビニ食ばかりだったから、こういう食事は嬉しかった。
「本当に美味しそうに食べるな」
「本当に美味しいですから」
そう言って彼の顔を見ると瞳が青い事に今更ながら気付いた。
「何だ」
「あ、いえ、とても綺麗だなと、目が」
「私は君が綺麗だと思うが」
「え?」
「君は綺麗だと言った」
「え?」
「どうした」
どうしたはこちらの台詞です、と言おうとしたが止めた、目の前の彼は不思議そうな顔で私を見ている。これ以上掘り下げてはいけない。
「あ、これまだ食べてないですよね。取り分けますよ」
素早く会話を断ち切って、新しいお皿にお肉を乗せた。レアめに焼いてある肉の断面がまた食欲をそそる。そのままでは届かないので、少し身を乗り出してお皿を置くと、何故か彼の指が私の顎を持ち上げた。
「ああ、やっぱり綺麗だな」
「あの、」
「何だ」
「そういうの胡散臭いですよ」
「そうか?」
我慢出来ずに言ってしまった。綺麗な瞳から視線を逸らして指を払う。特に関わりの無い私の事をそんな風に言うのは絶対に変だ、冗談にしても趣味が悪い。
「私は君をずっと綺麗だと思っていた」
「ちょ、」
「だから食事に誘ったのだ」
「いや、」
「近くで見ると改めて綺麗だと思ったからそのとおりに言っただけなんだが」
「も、もうわかりましたから。止めてください」
大真面目な顔してそんな事を言うものだから、私、たぶん顔が真っ赤だ。褒められていると思っていいのか分からないが、彼の言葉を制して息を整える。
「私と付き合ってくれないか」
「……とりあえず、名前を教えていただけませんか」
けだるい愛の言葉ね
END
title by ユリ柩様