風が強い夜だった。

ゆっくりと目を開けて暗闇の中へ手を伸ばす。指先に触れた布を手繰り寄せてするりとした感触を確かめる。音を立てないように寝台から身を起こし、すっかり冷たくなった着物に袖を通した。


天幕から出ると下ろしていた髪が風になびく。薄暗闇の中でぐっと腕を伸ばして固くなった身体を解すと、一際強い風が私を追い越した。翻る裾を抑えて空を仰ぐと何だか不思議な気持ちになる。頬を撫でるような空気のうねりと夜を照らす数え切れないほどの微かな光、そのどちらともが一人地に立つ私を圧倒する。
ふと、私の中に仄暗い何かが芽生えた。堪らず瞼を伏せて大きく息を吸う、それでも緩く締め付けられるように胸が苦しい。
これは何だろう。苦しいのに力が抜けるほど身体は心地好い。上と下が分からなくなって宙に漂っている気さえする。このまま意識も身体も預けてみようか。自分の内側にある様々な感情にずるずると飲み込まれてみれば私はまた違う私になれるのではないか。
また風が強くなる。徐々に力が抜けていく。



「どうかしたか」


浮遊感を伴う逃避から一気に引きずり戻されて目を開ける。振り返る間もなく大きな身体が私を抱き締めた。


「身体が冷たいな」


耳元で響いた声に顔が熱くなる。この程度の肌の触れ合いなど珍しくもないのに。この方でなくても、他のお客様とだって。


「中へ戻りましょう。騰様まで冷えてしまいます」


腕を解いて振り返ると唇を塞がれた。


「お前が空の闇に消えてしまうかと思った」


頬に添えられた手のひらに自分のものを重ね、瞼を閉じる。
こんな風に見つめられては心がどうにかなってしまいそうだ。自分を忘れてしまいそうになる。私はこの方にとって大切な誰かなのではないかと勘違いしそうになる。私はただの商品であって、金銭と引き換えに何度逢瀬を重ねたとしても大切な誰かにはなり得ないのに。


「騰様、もう一度眠りましょう」

「ああ」


返答と同時に抱き寄せられて、また腕の中に収まった。ぎゅっと力が込められて思わず息が漏れる。触れた箇所から伝わる熱で泣きたくなるほど苦しかった。





春に溺れる星のように






END & thanks!!
title by 失青様