割とプライドは高い方だ。おのずと負けず嫌いになった。けれど仕事をしていれば嫌でも笑わなければいけない時や頭を下げないといけない時もある。大抵は自分を削りながらお仕事をする。そんな中でも一番削られるのは、自分の性を仕事で使う時だ。


「お注ぎ致します」


働き始めた頃、上司に接待も仕事の内と言われ、仕事なら頑張らないとと思った純粋な私はもういない。正しくはすべて削られていなくなってしまった。接待に女性社員が同行するのは良くも悪くも”男性ゲストの接待”の為だ。取引先の社長や役員にお酒を注いで、話を聞いて、適度に笑う、それだけで契約がスムーズに進む事がある。
接待の席によく同行してくれた先輩がいた。優しくて笑顔が可愛らしい人だった。初めてご一緒させていただいた時、先輩は私に、接待の時はタイトスカートを履いてきてねと言った。その方が受けがいいのよ、と。言われた通りにタイトスカートを履いて行くと、取引先の方から褒められた。その時初めてがりがりと私が削れた。


「私もゴルフを始めたんです、ぜひご一緒させて下さいね」


わざとらしい笑顔になっていないだろうか。
先輩はいつも楽しそうに笑っていた。でも本当に楽しい訳では無いと知っていた。相手や上司と別れると先輩はいつも煙草を吸っていたから。接待の後は吸いたくなるのと笑っていた。二ヵ月前、先輩は結婚を期に退社した。お世話になった私が花束を渡すとごめんね、頑張ってねと泣いていた。先輩がいなくなって、私のクローゼットにはタイトスカートが増えていった。


「本日はどうもありがとうございました、今後ともよろしくお願い致します」


上司と共に深々と頭を下げてタクシーを見送るとどっと身体が重たくなった。でもまだミラーに写ってるかもしれないからしばらくこのままで。


「お疲れ様、俺は電車で帰るけど」

「お疲れ様でした、私はタクシーを拾います」


上司とも別れて車道をぼーっと眺める。テールランプがゆらゆらして綺麗だ。すぐにタクシーが向かって来るのが見えたが残念ながら人が乗っていた。この時間だと駅前まで行かないとだめかな。
賃走のタクシーがゆっくり徐行して私の前で止まる。あれ、ここで降りるのかな。だとしたらラッキー、


「さっきはありがとう」

「え、」


それは先ほどお見送りした取引先の役員の内の一人が乗ったタクシーだった。


「こちらこそありがとうございました」


頭を下げると上の方から柔らかい笑い声が聞こえた。


「接待はもう終わりだ、タクシーを待っているなら乗ればいい」




本当はお断りしないといけなかった。分かっていたのに、接待は終わりだと言ってもらえて急に肩の力が抜けてしまった。いけない、いけない。


「乗せていただいてありがとうございます、とても助かりました」

「こちらこそ、君のお陰で他の役員も上機嫌だった」


私のお陰か。他意は無い、分かっていてもまた削れる。


「よければ近くで飲み直さないか。仕事は関係無く、君が知りたい」

「あ、はい。構いません」


改めて近くで顔を見るととても整った顔立ちをしていることが分かった。特に目が綺麗。さっきまで笑顔を作る事に必死で気が付かなかったな。
上司に報告した方がいいかなと考えたけれど、会社は関係無くと言われたのでとりあえず帰ってからにしようと思考を放棄した。

繁華街に着くまでの間、会話と記憶を頼りに名前と役職を思い出した。これで失礼な事にはならなさそうだ。


「気を付けて」


タクシーから降りようとすると手を差し伸べられた。慣れてるなあと感心した。
連れてこられたのは会員制のバーだった。落ち着いた店内と薄暗い照明、ボックス席までエスコートされて少し緊張する。


「さっきはあまり飲めなかっただろう、好きなお酒は?」

「あ、私はウイスキーが好きです」

「奇遇だな、ではマッカランの25年をロックで二つ」


25年、飲んだ事ないな。きっと美味しいだろうな。

お酒を飲むと饒舌になるのは私の悪い癖だった。お酒の勢いのまま、今日初めて会った、しかも取引先の部長に先輩の事や日々の仕事の事を話していた。そしてまたウイスキーを飲んだ。
疲れとは恐ろしいもので、一時間もしない内に酔いが回った。足元がふらついて隣に寄り掛かると逞しい身体がそれを受け止めた。








「晶霞」


聞き慣れない低い声色に名前を呼ばれ、だんだんと頭が冴えてくる。


「大丈夫か」

「だっ、」


上半身を起こそうと肘をついた所でようやく異変に気付いた。私は見知らぬ部屋の大きなベッドに転がっていて、声を掛けたのは取引先の部長。


「疲れているのに誘ってすまなかった」

「いえ、あの、こちらこそ申し訳ございませんでした!」


平身低頭、土下座の勢いで謝り倒すしかない。何て事をしてしまったんだ。あれ、


「私、もしかして……泣いて」


恐る恐る指先で触れると頬が少し乾燥している、この感覚は久しぶりだった。そうだ、朧気な記憶の中で私は確かに泣いていた。


「ぶ、部長、本当に申し訳ございませんでした。こんな失態をお見せするなんて。でも、私のような駄目社員はうちの会社には他にいませんっ、ですからっ我が社の取引は今後とも……」


言い終わらないうちに抱き竦められて身動きが取れなくなる。白いシャツを視界の端に捉えてやっと事の重大さに気付いた。ぎゅぅっと腕に力が入る。そういえば、この人の薬指に指輪はあっただろうか。


「ずっとそれでは生きづらそうだな」


それでも生きていかなくてはいけないからもがきながら必死に泳いでいる。こんな情けない私は誰にも知られたくなかった。


「生きづらいです、だからこんなみっともない姿をお見せしてしまったんです」

「みっともない、か。そうは見えなかったがな」


そのまま首筋にキスをされて身体が熱くなる。身動ぎをすると糊のきいたシーツに皺が寄った。


「さっきみたいに泣いてしまえばいい」

「んっ、」


ゆっくりと身体を倒されてベッドに沈むと青と目が合う。背筋にじわじわと何かが込み上げてきた。するりと服の内側に手が伸びてびくりと身体が揺れた。


「何も我慢しなくていい」

「あっ、ん」


言葉が呪文のように脳を侵食する。息をする度に声が漏れて、僅かに残った思考まで無くなっていった。急に大きな手で目を塞がれてキスをされる。暗闇の中で生々しい舌の感覚に捕らわれ、また深く深く沈んでいくのに身体はとても軽くなる。ああ、とても心地好い。


「何も考えずに、今はただ溺れていればいい」





或いは溺死





END
title by 失青様