湯船には熱いお湯が張られていて湯気が立ち上る。呂相国が近くの温泉をここまで引かせて作ったものらしいが私一人には少し広すぎる。




錆びついた聖域





一月ほど前、私は咸陽の王宮で行われた宴の席に呼ばれた舞妓だったが相国の目に留まり居城に招かれた。ここには沢山の美しい女性や使用人、料理人や客人で溢れており、毎夜豪奢な宴が繰り広げられている。相国様は大王様と権力争いをされておいでだ。これもきっと派閥を拡大させるためのものなのだろう。

手入れの行き届いた浴室、湯船の縁に腕を置き目を閉じた。しばらくそのままで過ごしていると意識の彼方でカタンと音がした。扉が開いたのか。


「どなたですか」


少し強い口調で言葉を投げた。私が湯浴みをしている間は人払いをするよう相国様が計らって下さっていた。不在の間もそれは変わらないはず。予定を早めてお帰りになられたのだろうか。だが返事は無い。
湯煙の中から現れたのは相国様ではなかった。王宮での宴の際に一度だけお会いした、


「昌、平君……ですか?」

「ああ、そうだ」

「じょ、丞相様が何故このようなところにっ」


慌てて手ぬぐいを取り前を隠した。
湯浴み、ではない。服をお召になられている。


「お前がいると聞いて」

「あ、」


私の格好にも特に気にした様子はなく、つかつかと歩み寄ってくる。反射的に後ずさった。


「相国様はご不在です」

「知っている。お前に会いに来た」


これは戯れか、冗談を言いそうな方には見えない。宴で丞相様を初めて見た時、とても綺麗な方だと思った。こうして近くで見ても、やっぱり綺麗だ。手ぬぐいを引き上げようとしても身体に張り付いて上手くいかない。


「大丈夫か? 顔が赤い」


湯気が充満して熱い、でもそれだけではない。


「丞相様っ」

「何だ?」

「もう、お戯れはお止め下さい。こんな所を誰かに見られたら、あらぬ誤解を招きます」


どうして私が下を向いてしまうのだろう。やましい事など何も無いのに。痛いくらいの視線を感じて更に顔が熱くなる。


「戯れだと思うか」


熱い熱い、息が苦しい。足元がふらつく。
ぐらっと視界が揺れて思わず手に触れた物を掴んだ。手ぬぐいは床に落ちてしまったけれど拾う事は出来ない。


「美しいな」


丞相様の襟口を掴んだまま何とか身体を支える。どうしよう、こんな格好では離れるに離れられなくなってしまった。
突然腰を引き寄せられて身体を預けるような体制になってしまう。


「あっ、だめっいけません」

「嫌ならそう言ってくれ、私はお前が欲しい」


突き放してしまえばいいのに、嫌だと言えばいいのに。何も拒めない自分は浅ましいと思う。
身体をなぞる指先に煽られて思わず声が漏れる。じわじわと思考まで溶かされていくと、もう何も考えられない。




END
title by失青様