明日はここが戦場になる。

夜営の準備は終わり、寝る者や酒を飲む者、それぞれがそれぞれの形で明日の戦への英気を養う。ここが一番激しい戦いになる事は間違いない。私の部下にも無理を強いる事になるだろう。血にまみれ土埃を纏い、それでも愛する家族や国の為に戦ってきた兵者達。皆を率いる私もまた絶対に負けるわけにはいかない。


「お待たせしました、天幕が張れましたのであちらでお休み下さい」

「ありがとう、皆も今夜はゆっくり休んで」


中に入ると寝台と机が整えられていた。机の上には私の剣が置いてある。鞘から抜き、剣身に指を滑らせると微かな違和感があった。片目を閉じて剣底の側から確認すると揺らぎを見つけた。自分の荷を解き研石を取り出して剣身に滑らせる。これで数人の命を救えたかもしれない。研ぎ終えると丁寧に油を塗り羊毛で拭い取る。剣を鞘に納め寝台近くに立て掛けたところで外から私を呼ぶ声が聞こえた。


「将軍がお呼びです」

「わかりました、すぐに向かいます」


天幕に辿り着くと中に入るよう促された。布を分け入ると騰が一人で椅子に座っていた。机にはこの辺りの地図が広げられ、沢山の駒が並べられている。


「お呼びですか」

「ああ、こちらに座ってくれ」


言われたとおり隣りある椅子に座る。一向に会話の気配は無く私もまた静かに地図を見つめた。


「久し振りだな」

「ええ、本当に」


胸の内に込み上げてくるものを押し込めて、努めて冷静に騰を見返した。きちんと顔を合わせるのは四年振りだった。王騎様の元で戦いを学んでいた時はいつも近くにいたけれど。王騎様がお亡くなりになられて跡を継ぐように騰は将軍になった。その時に私も騰から離れ、それからは戦場で度々見掛ける事があるくらいだった。


「ずいぶん兵達に慕われているようだな」

「一から始めた私とずっと一緒に戦ってきてくれたから、私にとっても大事な人達よ」


地図の上に並べられた駒一つにも数十人の命が乗っている。倒れた駒もあれば丘の上に立つ駒も。見たところ、机の上ではまだどちらにも軍配は上がっていない。



「一つ聞きたいことがある」

「なに」

「何故あの時、私の元から去ったのだ」


騰が私の事を少なからず好いてくれている事には気付いていた、そして私もまた。
騰の実力は王騎様も認めていたし、その評価に異論は無かった。同じ戦場に立ち、共に武功を挙げる事が出来ればこの上無い幸せ。だがその過程で、もし私が足でまといになったら、私の力が及ばないばかりに騰が討ち取られるような事があれば。それが怖くて仕方無かった。


「あの時の私は子供で、自分の力に自信が持てなかった」


でも今は違う、あの頃の私ではない。
一番大きな戦場に立つ駒を一つ手に取り、敵軍の駒を倒しながら敵本陣の前に立てた。この四年は明日の戦の為にあった、と今なら言える。


「先鋒は私の軍が務めます、その為に私を呼んだんでしょう」


騰は小さく息を吐き少し心配そうに私を見る。私は笑って騰の言葉を待った。


「武運を祈る」

「ありがたく、……っ」


急に腕を引かれ、びっくりしてそのまま体重を預けてしまったが、逞しい身体は軽々と私を抱き止める。この人と一緒にいる為に私は強さを求めた。


「絶対に死ぬな、お前とは話したい事が山ほどある」

「ええ、そうですね。明日の夜は四年分語り合いましょう」




同じかたちの牙をもつ人




END
title by 失青様