その女は葬儀が執り行われる中、すっと背筋を伸ばし遺影を見つめていた。乾いた瞳は透き通るような黒、喪服に身を包んでいても凛とした美しさを放ち、目が離せなかった。
故人は会社の先輩だった、心労が祟って仕事を休み始めた矢先の出来事だ。事故なのか、そうではなかったのか、結局のところは分からなかった。とにかく、大雨の日に橋から転落した、事実はこれだけだ。俺の他にも会社から何人か葬儀の手伝いに来ているが、皆一様に表情は暗い、周りのほとんどは先輩の心労の原因が馬鹿な上司のパワハラだったと知っている。そしてそろそろそいつが来る頃だとちらちら時計を確認していた。
「おお、ご苦労さん」
まったく礼儀のなっていない馬鹿な上司だ、周りに声が大きいですよと窘められても聞く耳を持たない。芳名帳に名前を書かせて、会場へ案内すると、通路のど真ん中を堂々と歩いた。
「部長、端を歩いて下さい、失礼ですよ」
「細かいな、いいんだよ好きな所を歩けば」
いい加減にしろと言ってやろうと部長の肩を掴みかけたところで手が止まる。さっきの女が通路を塞いでいた。
「原崎様ですね、祐介さんからいつもお話を伺っていました」
「もしかして、婚約者の方ですかな」
「はい、生前は彼がお世話になりました」
先輩、婚約していたとは聞いてたけど、この人だったのか。近くで見て初めて気付いた、目の下が少し赤い。
微笑を作る女は通路を譲らなかった、そして突然深々と頭を下げてピタリと止まると一瞬後に口を開いた。
「彼は、きっと原崎様の参列を望んではいません」
「な、」
「私も、彼のご両親も、同じ思いです。どうかお引き取り下さい」
強い声音は会場中によく通った。事態を察知した会社の人間が、失礼なとかなんとか言い始めた部長を後ろから引き摺るように会場から連れ出す。
女はずっと頭を下げたまま、薄い肩は微かに震えていた。その身体を抱きとめて、背中を撫でてやりたい、そんな衝動が込み上げた。
すぐに先輩のご両親がこちらへ来て、女を抱き締めていた。ありがとう、よく言ってくれた、と声を掛けられても女の瞳はやはり遺影を映していた。
出棺前、最後の別れの時間になった、先輩の顔は安らかで眠っているようだ。皆飾られた花を取り、棺の中を埋めていく。むせ返るような花の匂い、黒と白、冷たい身体、様々なものが感覚を鈍らせた。最後はご両親と女が花を手向ける、女はどこから用意したのか、真っ赤な薔薇を胸の辺りに置いた。
白い百合ばかりの棺の中に一本の薔薇、ただ静かに涙を流す女、綺麗だななどと場違いな思いを抱く。この薔薇はいつまで女を縛り付けるのだろう、貴方を愛していますと赤はいつまでも笑っていた。
たむけの薔薇屑
女がふとこちらを向いた、その濡れた瞳はいとも簡単に俺の心を奪っていくのだ。
END & Thanks!!
title by ユリ柩様