星を繋いだ朝は
とうとう赤井さんと一つになれた──その満足感と幸福感に包まれているうちに体が限界を迎えてしまったようで、彼の腕の中で私はいつしか眠りについていた。彼に抱きしめられているという安心感から緊張の糸が切れたのかもしれない。
目が覚めたとき、もしかしたらあれは夢だったのではないかと思った。でも私の体には、赤井さんと繫がったという確かな証拠が残っている。全身が気怠くて腰が重い。そして何よりの証拠が赤井さんと繋がっていた部分にある彼を受け入れたときの痛みと、まだ中に何かが入っているような感覚。
本当に一つになったのだと改めて実感して、幸せな気持ちで満たされる。あんなに怖がっていたのが嘘みたいだ。
カーテンの隙間からは昇り始めたばかりの柔らかな朝日が差し込んでいる。仕事の疲れが残っていたせいか、そのまま朝まで眠ってしまったようだ。隣で目を伏せている赤井さんの顔をじっと見つめる。彼が寝ているときくらいしかまじまじと顔を見ることはできないから。
「はぁ……」
ため息が出るほどかっこいい。体を重ねたことで赤井さんとの距離が近づいたような気がして、フィルターがかかっているのか以前よりもさらにキラキラと輝いて見える。
恋は盲目とはよく言ったものだ。たしかに今の私は色眼鏡で赤井さんのことを見ているかもしれない。けれどそれを抜きにしても赤井さんが端正な顔立ちをしているというのは事実で、私と同じように彼に見惚れる女性は一定数いるだろう。
……こんなときに思い出してしまった。以前赤井さんが迎えに来てくれたとき、通行人の女性たちが彼を見て黄色い声をあげていたことを。赤井さんは特に気にする様子もなく、彼女たちを相手にはすることもなかった。赤井さんもきっと慣れているのだろう。
でももし、私の知らないところで美人に言い寄られていたとしたら? その人が赤井さんの好みの女性だったら?
突然頭をよぎる不安と、存在するかも分からない女性に対する嫉妬。
……いや、せっかく赤井さんと一つになって幸せな気持ちになったのだから、余計なことを考える必要はない。私を抱きしめたまま眠る赤井さんにそっとすり寄った。
「名前?」
頭上から降り注ぐのは、春の空気にも似た穏やかな声。冬の訪れを忘れさせるほど優しいものだった。見上げると、目の前には声と同じく柔らかな表情を浮かべる赤井さんの顔。
「ごめんなさい、起こしちゃいました……?」
「いや、大丈夫だ。おはよう。よく眠れたか?」
「おはようございます。えっと……その……おかげさまで……」
「よかった」
よく眠れたのは間違いない。けれど眠りについたときの記憶はなく、代わりに昨晩のことが一気に頭の中を駆け巡る。相当恥ずかしいことを口にしたし、快感に乱れ狂って醜態を晒してしまった。そのときに見た赤井さんの熱っぽい視線や色気たっぷりの表情、快感の中で耳にした熱く切ない吐息。それらを同時に思い出してしまったせいで一気に顔に熱が集まり、赤井さんの目を見続けることができなかった。
彼から目を逸らし、もう一度すり寄って胸元に顔を埋める。情事のあとに抱き合ったまま眠ったようなので衣服は身につけておらず、赤井さんの素肌に直に触れることになった。
「昨日はありがとう。最高の夜だったよ。無理をさせたな」
「無理なんかしてないです。その、私も……すごく幸せだったので……」
「本当はもっと優しくするつもりだったんだが、名前があまりにも綺麗で可愛かったからつい……な。約束、守れなくてすまなかった」
「っ……いえ、そんな、全然……」
赤井さんは充分すぎるほど優しかった。私の気持ちを汲み取り、気遣ってくれた。昨夜のことが次から次へと思い出されたため、顔は熱いし鼓動はずっと高鳴っている。赤井さんはそんな私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「体は辛くないか?」
「あ、はい……なんとか……」
「そうか。久しぶりに会えたんだ。今日はゆっくりしようか」
全体的に体はなんとなく重いし、日頃の運動不足もあって筋肉痛になりそうなところもある。でも起きられないほどひどいものではない。彼の腕の中からぞもぞと顔を出し、赤井さんをじっと見つめる。
「あの……赤井さん」
「秀一、と言っただろう?」
「……あっ……」
赤井さん≠ニ今までどおりの呼び方で話しかけたところ、彼にしては珍しく私の言葉に重ねるようにして訂正を入れた。あのときはベッドの上で愛されながらだったので勢いですんなりと口にできたけれど、改まって口にしようとするとぶわりと顔に熱が集まる。
「名前」
赤井さんは私の頭を撫で、髪を掬い、毛先にそっと口づけを落とした。そして愛おしむような声で私の名前を呼び、優しい眼差しでじっと私を見つめている。決して急かしているわけではないのだけれど、私が口を開くのを待ってくれているようだ。こんなふうに期待するような目で見つめられて応えないわけにはいかない。
「……しゅーいちさん……」
鼓動が高鳴る中でようやく彼の名前を口にすると、赤井さん──秀一さんはふっと目を細めて嬉しそうに微笑んだ。この表情、やっぱり好きだなぁ。そんなことを思っているとちゅっと唇に一つ、キスが落とされた。
「これからもそう呼んでほしい」
彼の言葉に、私は小さく頷いた。
「それで? 今何か言おうとしなかったか?」
「あ、えっと……仕事、大変そうだなって思って……。秀一さんこそ、体大丈夫なんですか?」
「あれくらいはよくあることだからな。帰ってきて名前の可愛い寝顔を見たら、疲れなどすぐに吹き飛んだよ」
「……寝ずに待ってて、出迎えるつもりだったのにな……」
一生の不覚は言いすぎかもしれないけれど、それくらい寝てしまったことを後悔していた。ぽすんともう一度秀一さんの胸に頭を預ける。秀一さんは私を優しく抱き寄せてくれた。
「……あまり可愛いことばかり言われると、また名前が欲しくなるんだが?」
「えっ……と……その……」
秀一さんの言葉に体温が一気に上昇する。朝起きてすぐ、しかも昨夜体を重ねたばかりで求められるとは思っていなかった。こういうとき、なんて返すのが正解なのだろう。嫌じゃない。決して嫌なわけじゃないけれど、朝日が差し込む中で行為に及ぶという羞恥心と背徳感が私を口ごもらせる。
「すまない、困らせたな」
拒んでいるから返答に迷っている、と思われただろうか。彼と共に過ごした昨夜が本当に幸せだったのに、そんな誤解はされたくない。
「……いい、ですよ……?」
彼の顔をちらりと見上げながら、意を決して返事をした。けれど、秀一さんは微笑みながら横に首を振るだけだった。
「いや、昨日無理をさせたばかりだ。名前の体にもまた負担をかけることになる。まだ痛むんだろう?」
「まぁ……ちょっとだけ……」
「なら無理をする必要はない。体を休ませる期間も必要だ。……原因を作った俺が言う台詞ではないな」
微笑みを浮かべたまま少し眉を下げる秀一さんを見ていたら、私もつい笑みがこぼれた。
「今日はゆっくり過ごそうか」
「はい」
唇が触れるだけのキスを交わしたあとに私たちはまた布団の中で体を寄せ合ったのだけれど、人肌があまりにも心地よくてまた眠りについた。
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