プレゼントの理由
今日は待ちに待ったクリスマスイブ。
インターホンが鳴り玄関の扉を開けると、いつもの優しい笑顔を浮かべて立っている彼氏の姿があった。

「メリークリスマス!」
「ん? 今日はやけに楽しそうじゃないか」

私の頭上にある赤い帽子を見ながらそう言う赤井さんも、今日はなんだかいつもより楽しげに見える。

「クリスマスですから。楽しんだもん勝ちです!」

中へと招き入れると、赤井さんは部屋に入った途端、「ホォー……」と感嘆の吐息を漏らした。私がここまで準備をしているとは思わなかったのだろう。何せ昨晩から飾り付けを行い、一日かけて食事の準備をしたのだから今日の私の部屋は完全にパーティー仕様となっている。

祝日など関係のない赤井さんは今日もやはり仕事だったらしい。何時になるか分からないと言っていたくらいなので、外でゆっくりデートをするような時間もなければ、待ち合わせの時間を決めることさえできない。それでもクリスマスくらいは大好きな恋人と一緒に過ごしたいという私の我が儘で、何時になってもいいから仕事終わりに私の家に来てもらうようお願いをしていた。幸いにも今日はいつもより早く切り上げることができたらしく、赤井さんとゆっくりクリスマスを過ごせそうだ。

「全て君一人で用意したのか?」

あまり大きくはない机の上いっぱいに並べた料理。部屋の隅に飾った小さめのクリスマスツリー。壁には雑貨屋で見つけたガーランドとクリスマスリース。赤井さんはさっきからそれらを物珍しそうに眺めている。一緒に過ごせるのならできるだけクリスマスっぽいことをしたくて、私にできる精一杯のおもてなしをしようと努力した結果だ。

「はい! ね、赤井さん、乾杯しましょう!」

赤井さんの腕を引っ張って椅子に座るように促す。赤井さんが座ったのを確認したところで、私が被っているものと同じ赤い帽子を手渡した。

「赤井さんの分も準備したんです。クリスマス、満喫しませんか? 赤井さん帽子好きですよね?」
「そういう訳ではないが……名前の頼みだからな。まぁいいだろう。今日だけだぞ」

少し文句を言いたげな顔をしたような気がしたがそれは見なかったことにして、赤井さんがトレードマークのニット帽をサンタの帽子に被り直す様子をじっと見ていた。

「赤井さん似合う! 可愛い!」
「……男に可愛いという言葉は使わない方がいい。可愛いのは名前の方だ」

"可愛い"と言われたのが不服だったらしく、少し拗ねたようにそう言う赤井さんはやっぱり可愛かった。けどこれ以上言うと本当に怒らせてしまうかもしれないので言うのをやめた。

今日のために買ったシャンパンを冷蔵庫から出し、それを持って赤井さんの向かい合わせの席に座る。そしてシャンパンを開けて、用意しておいたグラスにゆっくりと注いだ。

「お仕事お疲れさまでした」
「君も一人でここまでするのは大変だっただろう。ありがとう」
「Merry Christmas!」

グラスを重ねると鈴のような繊細な音が静かな部屋に響き渡る。味気ない部屋でも少し照明を落としてキャンドルを灯せば、電飾のおかげもあって幻想的な雰囲気に包まれた。

「本当はどこかに連れていってやりたかったんだが……」
「お仕事ですから気にしないで下さい。それに私は赤井さんといられるだけで嬉しいです」
「名前は本当に欲がないんだな」

赤井さんに会いたい、一緒に過ごしたい、なんて十分欲張りだと思うが、赤井さんにとってはそうでもないのかもしれない。


食事もほとんど済ませた頃、いつ渡そうか迷っていた赤井さんへのクリスマスプレゼントを手に取った。

「これ、どうぞ。気に入ってもらえるか分かりませんが……」

赤と緑のリボンでラッピングされた中くらいの白い箱。クリスマスカラーを施したその色使いはまさに赤井さんにぴったりで、クリスマスは赤井さんのためにあるんじゃないかなんて思った。

「開けてもいいか?」

はい、と頷くと赤井さんは簡単にリボンを解いて箱を開けた。

「ホォー……マフラーか」

何にしようか散々悩んだ結果、クリスマスプレゼントの定番とも言えるマフラーを選んだ。シックな装いが多い赤井さんに合うように、ボルドーとベージュがボーダーになっている。

「ありがとう、喜んで使わせてもらう。俺も名前のために用意したものがあるんだ。少しこちらへ来てくれないか?」

なんだろうと思い立ち上がって赤井さんの方に行くと、リビングにあるソファーへと腕を引かれた。隣同士で座ると赤井さんに「少しむこうを向いていてくれ」と言われたので、言われたとおりに赤井さんに背を向ける。

一体何が始まるのだろう。緊張と期待が入り交じりながら赤井さんを待つ。すると突然首元に赤井さんの腕が回されたと思ったら、鎖骨辺りから首の後ろまでひんやりとした感触が伝わってきた。見てみると一粒のダイヤモンドが光を反射し、キラリと輝いている。

「俺からのクリスマスプレゼントだ」

低い声でそう囁くと、その直後、赤井さんの腕が後ろから私の体を包み込み、私の項にそっと口づけを落とした。どくんと心臓の鼓動が跳ね上がり、一気に体温が上昇するのが分かる。赤井さんからプレゼントされたのは、シンプルだけど大人っぽくて、それでいて上品なネックレスだった。

「これ……ほんとにもらっていいんですか……?」
「名前のために選んだんだ。名前に受け取ってほしい」
「ありがとうございますっ……! 嬉しい……!」

本当に、赤井さんはいつも私の心を惹き付けて離さない。赤井さんが私を思って選んでくれたということが何よりも嬉しくて、感極まって涙が零れそうになる。

「気に入ってくれたなら良かった」

首筋に赤井さんの吐息がかかり、胸の高鳴りはおさまることを知らない。「こちらを向いてくれないか」と言われ、赤面したまま赤井さんの腕の中で体の向きを変えると、そこにはとても嬉しそうな顔をした赤井さんがいた。

「よく似合っている」

その言葉と共に、赤井さんは私の唇にもうひとつプレゼントをくれた。





「そういえば名前は、マフラーをプレゼントする意味を知っているか?」

抱きしめたまま赤井さんは私にそう問いかけた。クリスマスの定番だと思いマフラーを選んだので、そこに深い意味などない。そもそもプレゼントに意味があることすら知らなかったので、赤井さんの言葉に首を傾げた。

「"あなたに首ったけ"だそうだ。他にも独占欲の表れとも言われているらしい」

そんな意味があったとは知らず、私はマフラーを選んだのか。はっきりとそんなことを言われると顔を見ることができず、そのまま赤井さんの胸に顔を埋めて小声で呟いた。

「……否定は、しないです……」

私の言葉を聞き漏らさなかった赤井さんは、「珍しく素直だな」と言いながら私の頬に唇を寄せた。

「本当は手袋にしようか悩んだんですけど……」
「ん?」
「手袋渡しちゃうと、赤井さんと手を繋ぐ口実がなくなるじゃないですか……」
「全く、本当に君は……」

再び唇を奪われたと思ったら後ろへと体重をかけられ、赤井さんを見つめたまま視界の端には天井が映り込む。

「え、ちょっと待って、まだケーキあるんですけど……!」
「今はケーキよりも名前を食べたい」


せっかく準備したクリスマスケーキは、どうやら明日に持ち越しになりそうな予感。



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