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『アッ…寒い…今日は一段と冷えてるなあ…。』
季節は冬、店を閉めるこの時間はすっかりと冷え込んでいる。
店を施錠するため外に出てから5分も経ってないというのに冷気に晒された指先はすっかり冷たくなってしまった。
このまま長時間体を冷やすのはよくない。
『(いつもならみんなとコンビニで温かいものでも買って帰る所だけど…今日は一人だし寄り道ぜず帰ろ…。)』
お気に入りのスヌードに顔をうずめて足早に街中を進む。
ふと視線を上げると、ショーウィンドウの奥にかわいらしいデフォルトの飾りを見つけた。
『(あとひと月もすれば、クリスマスだもんなぁ…。)』
世はクリスマスに向け徐々に賑やかになり始めていて、ここ数日で街中の色んな場所にサンタやトナカイの飾りが目立つようになった。
パティスリーで働く私たちもこれからが働き時、最近は夜遅くまでみんなで店に残って作業をすることも多い。あいにく今日はみんな予定が入っているとのことで、早めに切り上げると言っていたからこの時間まで店に残っていたのは私だけだけど。クリスマスに向けたイルミネーションのおかげで、1人きりの帰り道も安心できそうだ。
『(あれ……?)』
マンションのある住宅街に差し掛かった時、街中からは外れたのに随分と夜道が明るいことに気が付いた。
そうか、今日は天気が良かったから、月がでてるのか。
『お?…おお!今日の月、めちゃくちゃ大きい…!』
見上げて驚いた。見たことのないくらい、大きく、綺麗な月だ。
なるほど、これだけ大きく綺麗に月が出てれば夜道も明るくなるはずだ。
『(記念に一枚。)』
スマートフォンで写真をとっておこう。明日、出社してみんなにも見せてあげよう。
いそいそと写真を一枚とると、なかなかにいい具合の写真になった。
いいもの見たなあ、と思いつつ足を進めるうちにマンションに着いた。
エレベーターの前まで来ると、先にエレベーターを待っている女性がいた。
女性は会釈をしてくれたので私も会釈を返す。何度かエレベーターで一緒になったことのある人で、時々世間話をすることがある。名前は晶さん。かっこいい名前のお姉さんだ。
「こんばんは、玉銘さん。こんな遅くまで、お疲れ様です。…6階でよかったですか?」
『こんばんは、晶さん。遅くまではお互い様ですよ〜。6階で大丈夫です、ありがとうございます!』
エレベーターに乗ると晶さんはボタンを押してくれた。お礼を言って乗り込んだ。
少しの間があって、そういえば、と晶さんが声を掛けてきた。
「玉銘さんの階、エレベーターホールの電気が切れてるってさっき下に掲示されてたから降りるとき気を付けてね。」
『えっ…マジですか。朝点滅してたけど切れちゃったんだ…やだなぁ…。』
がっかりと肩を落とす私に晶さんが苦笑いしながら、明日には直るらしいから元気出して。と声を掛けてくれた。優しい…。話しているうちに、エレベーターが私の住む階に止まった。
『うわっ…ほんとに暗いな………それじゃあ、晶さん。お先に失礼します。おやすみなさい。』
「うん、おやすみなさい、気を付けてね。」
晶さんに挨拶をしてから、エレベーターが上がるのを見送った。さて、さっさとかえって早く寝よ…。
晶さんが言っていた通り、エレベーターホールの電気は完全に切れてしまっている。このマンションエレベーターホールでかいから廊下まで結構あるんだよなあ、おかげで先に見えてる廊下までの間真っ暗じゃん…。
そう思い暗闇に足を進めると足元からガサッと音がした。
『(ガサ………??)』
木の葉を踏むような音に足元を見るが、暗くて何も見えない。しかし、蹴るように足を動かすとガサガサと音がした。なんだこれ、何の音??しゃがんで手で地面を探ってみる。手に草の束が当たった。それどころかその根元には土があり、しっかりとそこから生えている…。
『…なんで?…どういうことなの…。』
マンションの床から草生えることある???マ?????
訳が分からない、混乱してきたぞ。……もう考えるのはよそう。きっと疲れているんだ。
とりあえず、部屋に帰ってしまおう。そう思い廊下の明かりがへ目を向けた。
けれどそこには、先ほどまでは見えていた廊下の明かりは無くなっていた。
『え………。』
…廊下の光がない。
わけのわからないまま恐る恐るエレベーターを振り返ると、エレベーターも、ない…。
『ここどこ…………。』
いつもより少し遅れた帰り道。いちだんと月が大きく綺麗に見えた夜。
エレベーターは私を不思議な場所へと連れてきた。
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