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私を助けた彼は、ジョシュアというらしい。
私はあれから、この世界について学びながら、この森で狩人の真似事をしていると言う彼の手伝いをしている。


彼は言葉の通り一般常識から一人で生きる術まで、色々なことを教えてくれた。
この世界には魔法使いと人間がいること。年に1度<大いなる厄災>の脅威に晒され、20人の魔法使いがそれを退けていること。その20人の魔法使いを率いる”賢者”と呼ばれる異世界から来た人間がいること。
それから、この世界の地理、地形、情勢、特色、天候…etc.

知識を得る度、この世界において1人で生きることがどれほど過酷なものであるかを思い知った。
治安や貧富の差と言った面でこの世界は危険が多い。東の国は特に異端に対して特に排他的だと言う。…何も知らずに生きよう等と無謀にも程があったのだと知った。


彼に教えを乞い、共に過ごす内に彼のことも知る事になった。
ジョシュアは魔法使いだった。
人間嫌いで、用のない時は森に引きこもっている。そのくせ人が困っていると無視はできず、出先で人を助ける場面を何度か目撃した。魔法を使うと面倒になる、と仏頂面ながらわざわざ自力で人助けをする彼は、きっと心の底から人を嫌っているわけではないと、そう思えた。何より異世界から来た私を拾うほどだから、お人好しなのだろう。お人好しで、きっと…とても優しい人なのだと思う。


そんなジョシュアとの生活が始まってから今日で半年が経つ。
ジョシュアに習うことも大分減って来ていて、最近では「教示が終わればいつ追い出すかもしれんから覚悟しておけ。」と脅かされている。私も子供じゃないのでいつまでも甘えるわけにもいかないのは理解している。でもやはり寂しく感じてしまうのも事実だった。

それに最近、ジョシュアは体調が芳しくないらしく、どことなく顔色が悪い。
焦った様子で、頻繁に誰かと手紙のやり取りをしている所も見かける。…私はそれが酷く心配だった。
彼との別れが近づいているのは私も感じている。ならせめて、ここまで世話をしてくれた彼に何かを返したい。…そう思っているものの私では彼に何も差し出せず、悶々とする日々を過ごしている。


なかなかいい案は浮かばないな……。
時間はもうすぐ正午。一旦考えるのは止めて、そろそろ昼食の準備をしようと準備していたところ、ジョシュアから声を掛けられた。

「あおい、話がある。」
『はあい、なに?』

その表情は真剣そのもので、何か重大な話なのだという事が分かった。
私が知識を付け、危険を回避できるようになってからは彼のこうした硬い表情を見ることも少なかったのだけど、一体どうしたのだろう。
…その手にした手紙と、何ら関係があるのだろうか。


「以前、賢者とその魔法使いについては話したな。覚えているだろう?」
『異界から来る賢者様と20人の賢者の魔法使い達が年に一度<大いなる厄災>と戦ってるって話でしょ?前回の結果が芳しく無くて、丁度私がここに来たのと同じくらいに新しい賢者様が来たって…。』

「そうだ。……お前にはその賢者たちが暮らす魔法舎に行ってもらう。」
『え、何しに…そもそも魔法舎って確か中央の国でしょ?!一人じゃ行けないし、帰ってこれないんですが!???』


ちょっとその辺の集落にお使いに行ってもらう、位のノリでさらりと口にされた言葉はあまりに容量を得ない。
私が驚く様子を見ながら、依然として真剣な表情の彼はこう続けた。


「お前に教えるべきことは教えた。俺ももう長くここにいない…そうなれば、一人この森で暮らすよりも中央の魔法舎に身を置く方がいいだろう。……行きは俺が連れて行く。魔法舎では双子…スノウとホワイトという魔法使いを頼れ。……ほら、早く準備しろ必要なものはちゃんと纏めろよ。」
『ええー……何それ急だし意味わからん…。アッする!準備するから!!』


納得がいかず追加の説明を求めようとすると、彼は静かに魔道具をかざそうとするのでとりあえず準備をする。
色々と突っ込みたいことはあるけど、教える事は無くなって、ジョシュアも住まいをここから移動するから独り立ちするなら知り合いのいる魔法舎に行けってこと!?なんで??随分急だし彼、はどこに行くんだろう…。
謎は残るけど、この半年で彼の突拍子のない要求(もはや命令)に答えるのは慣れたもので、準備はすぐ終わった。
分からないことは移動中に聞こう…。


ジョシュアに言われて用意した荷物は彼の魔法でトランク一個分になった。
彼は箒に跨ると私に後ろに跨るよう促した。
振り返り、半年世話になった家を見上げる。分かれは突然だと言うけれど、こんなに急だとは思わなかったから少ししんみりする。結局なにも返せてないし…言ってくれればせめて最後に掃除くらいしたんだけどな。

「行くぞ。」
『…はーい。』

ジョシュアに促され箒に跨り、ジョシュアのお腹に手を回した。足が地面から離れて、どんどん距離が開く。



頬をきる風が心地良い。箒に乗るのはこれが初めてじゃない。初めて乗った時こそはしゃいでジョシュアに呆れられたが、もう慣れたものだった。
道中、魔法舎って私が行ってもいいの、とか賢者様とほかの魔法使いさん達がいるんでしょ、とかいろいろと聞いてみたけどジョシュアは
「話は通してある。行けば分かる。」
と答えるだけで私は早々に質問を諦めた。

もうそろそろ中央の国。

ふと、こうして箒に慣れるくらいの時間、このぶっきらぼうで優しい魔法使いに世話になっていたのだと、しみじみと感じた。これからは教えをもとに一人で生きて行かなきゃいけない…そのために彼は私に教えをくれたのだから。不安はあるけど…最後にせめてのお返しとして私を生かしてくれた彼を、家を見上げる私をどこか心配そうな目で見た彼を安心させなければ。
私は目の前の背中にいっそう強く抱き付いた。

「ジョシュア。」
『…なんだ。』
「今まで、ありがとうございました。私、頑張るよ。」
『…俺が教示したんだ。魔法舎にいれば少なからず何らかに巻き込まれるやもしれんが死んだりするなよ。』

最後までぶっきらぼうで言葉足らずだったけど、

『あおい。…………達者で。』

この世界で最初にあった人が彼でよかった。


少し先に建物が見える。
新しい国、新しい場所。
賢者様と魔法使い達が暮らすこの場所で私はこれから生きていかなければいけない。
前途多難ではあるけど、彼の教えをもとにすればきっと大丈夫だと思える。



段々と近づく魔法舎を眺めながら、私はこれからの生活に思いをはせた。







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