01

知っている?目は口程に物をいうのよ。




「も、もう出るのか?大修道院には5日後までに着けばよいのだろう…もう少しゆっくりしていても、」


ほら、今だって。
言葉では別れを惜しんでいるけれど、その瞳は落ち着き無く泳いでいる。
大方周りの使用人たちに厄介者の義妹との別れを惜しむ器量があるのだと見せつけたいのだろう…惜しむ格好を取るのだったら緩んだまなじりは何とかする必要があると思うのだけど。


「早く行きたいなら止めはしないが、ほら、あれだ…私も、お前が心配なのだ!妹と離れるというのは案外寂しくも「ヴィンセント!!貴様何をしておる!」お、御爺様……」

声高に言葉を続けていた兄上にうんざりしつつも適当に相槌を打っていると、ひと際厳しい声が掛かった。


「そのようなものに構っている暇があるのなら、執務の1つでも覚えんか!いつまで経っても自覚の生まれぬ奴め…」

この家の先々代当主様は今日も今日とてご機嫌が悪い様子。
兄上を叱りつけ、苦々しい表情で漏らすように苦言を呈すると、私に一瞥くれた後、背を向けた。
その目は家名を貶めることの無いように、余計なことはせず勤めを果たせ、と物語っていた。家名を貶めることの無いように、などと…心にもないことをいうものだ。

『……重々承知しておりますよ、先々代様』

一応返答と礼をとったものの、おそらく私の返事など耳に入れてすらないだろうな…こうも隠そうとされないと、いっそ清々しさすらある。


「name様、そろそろ…」
『わかった。行こう』

お叱りを受け青い顔で慌てふためく兄上を尻目に、足早に去っていく先々代様をに目を向けていると、従者から声が掛かる。
それに頷いて馬車に足を掛けると、人好きのする笑顔を浮かべていた使用人達が一斉に頭を下げた。

「name様、行ってらっしゃいませ」「お気を付けくださいませ」「お寂しゅうなりますわ」
『……そう。行ってくるよ』









『……本当、何のために取り繕っているんだか』
馬車に乗り、しばらくして私はふと息をつく様に吐き出した。


目は口程に物を言う、とはよく言ったもので人間の目というのはあまりに雄弁だ。

あの家の人間は当主から使用人に至るまで、それが顕著だった。先程とて、兄上の瞳は私が家を去る事への安堵で満ちていたし、使用人たちも厄介な家人が去ることに嬉々として瞬きを重ねていた。


『(もとより私に対しての親愛や敬意など取り繕ってもないのだから、そのまま口にしてしまえばいいものを。)』


口先でやれ心配だの、寂しくなるだのと建前を築いたところで、眦の様子や瞳の色、眼球の動き、瞼の開き…それらすべてからその真意を推し量ることは易い。少なくとも、私にとっては容易だった。
というか、日頃から目はおろか態度にさえ侮蔑や嫌悪の意を露わにしているというのに。
だのに彼らはいつも言葉だけはその目が語る真意とはまるで真逆のものを吐く。
言葉で取り繕えば真意に気づかれることがないと思っているのか、明確にした際の報復を恐れているのか、そも隠す気がないのか。



『(まあ、どれでも構わないけど。)』



心地よい風に誘われ、視線を小窓の景色に向ける。
気づかぬうちにエレブレ領の端まで来ていたようで、農夫たちが見慣れぬ様相の馬車を物珍しそうに見つめている。



そう、構いはしない。


私は、今も昔も、私自身のために生きている。
エレブレ家の者達が私に対してどう感じ、何を思おうと、ひいては彼らがどうなろうと興味がない。


彼らがどう捉えていようと、私の行動は全て私自身のためのもの。
こうして、士官学校に通うことを決めたのも私自身のため。
そこに彼らの意志など必要としないし、影響もしない。

どうやらあの先々代様は、私が士官学校で由緒ある血統の婿を見繕ってくることを望んでいるようだけど。
先程珍しく一瞥くれたのもそれの念押しをするためであろうけれど。
私は、私の目的のために入学を決めたのだから。その望みに答える義理等ない。






小窓の淵に肘をつき、ただぼんやりと景色を眺める。いつの間にか空は徐々に茜を帯び始めていた。


そういえば、士官学校には同じ年頃の子供達が集まるのだとか。
長くエレブレ家以外の人間と関わりを持ってない私には同じ年頃の子供達なんて想像もつかなければ、接し方も分からない。まあ、差し障りのない人間関係の築き方はあの家での生活の中で嫌でも身に付いのだから、心配いらないとは思うけど。

大修道院での生活に思いを巡らせていると、先程まで茜色を帯び始めていた空はすっかり茜色に染まり、その裾を濃紫に晒し始めていることに気づいた。冬の終わりが見え始めたとはいえまだまだ日が暮れるのは早い。冷えた空気の気配に小窓を閉めた。




12節が一回りする頃、私は目的を達し得る力を付けているだろうか。
いや、そうなるためにこの入学を決めたのだ。そのために、今まであの煩わしく、酷く狭い世界の中で研鑽を重ねてきたのだから。何が起きようと私がやるべきことは変わらない。その力を得る以外の結末なぞ、あってはいけない。


今一度強くその未来をなぞり、私はすっかり日の暮れた空に視線を移した。
未だガルグ=マク大修道院は遠い。
今は体を休めよう。


まだ見ぬ大修道院とこれからの日々。それから、未来に想いを馳せながら私はそっと目を閉じた。