鏡のよすが


 暗い。それに物音がする。
 ぼんやりとする頭でもう朝か…と目を開ける。目を開けたはずなのに、視界は暗いまま。あれ…これはどういうことだろう?どうやら体勢的には仰向けで寝てるみたいだけど、それに…
 
『(これ、何の音だろ?)』

 ゴトゴト、という重量あるものを動かすような音は未だ続いている。
 物音を意識すれば、次第に意識がはっきりとしていった。なにやら、不思議なことが起きている…。

「やべぇ。そろそろ人が来ちまうゾ。早いとこ制服を……」  
 
 ぼんやりとこの不思議な状況について考えていると、何やら声が聞こえた。

「うーん!!!この蓋、重たいんだゾ。」

 蓋?蓋が重たい…なるほど、どうやらこの語尾がユニークな声の主は何らかの蓋を開けようとしている様子。
 今の私の状況については全く分からんが、暗くて、なんだか動きづらいし、しばらくこの声に耳を傾けてもいいかもしれない。
 
「こうなったら………奥の手だ!ふな"〜〜〜〜それっ!」

 へえ、奥の手かあ…がんばれ〜と声の主の変な掛け声と聞き流しながらあくびを漏らした時、
 
 
 ―――――ゴォッ!!!と音を立てて青い炎が視界一面に広がった。

『わーーーーーーーーーーーーー!?!?』

 たまらずあくびするため大きく開けていた口からおよそ今まで出したこがとない様な大声を上げながらガバッ!!と起き上がった。死ぬ!!!!!

 しかし、もう炎は見えず、熱くもない…なんで…訳も分からず辺りを見回すと薄暗い空間と大きな鏡が見える。え…ここどこ。起きたら知らん場所とか…怖…。

『(ん?何か動いてる…。)』
 
 理解できない状況に唖然としていると、なにやら小さな声と蠢く丸い毛玉に気が付いた。
 その毛玉はくるりと回転すると顔がついていて、些か丸すぎるそのフォルムは…

『狸!!』
「って、ギャーーーーーーー!!!!オマエ、なんでもう起きてるんだ!?」
『うわ、しゃべった』
 
 
 この狸(暫定)、喋る…!しかもよく聞くとさっきまで聞こえてた声だ…さっきまで喋ってたのは彼だったみたいだ。
 起きたら知らない場所、喋る狸、それにこの部屋のあちこちに浮く棺…
 
『お〜なに、これぇ…。』
 
 突然の不思議な事象セットに思わずまぬけな声が出た。
 そんな様子の私に、先ほどまで悲鳴を上げていたこの狸(暫定)は思い出したように目を吊り上げて、

「誰が狸じゃーーーー!!!オレ様はグリム様なんだゾ!」

 とまくし立てた。
 嘘じゃん…絶対狸だと思った…というかこの子めっちゃ喋るじゃん…。
 私がグリムと名乗った狸くん(狸ではないらしい)を見つめて、ええ…。と声を漏らしていると狸くんはそのまま、まあいい…と続けて、私に服を脱ぐよう言った。なんで。

「さもなくば……丸焼きだ!」

 そんなことある???というか、丸焼きってことはさっきの炎も狸くんだな…?許せん…。
 そもそも、さっきからこの子がいう事は一つも訳が分からない。というかこの状況についても訳は分からない。
 ただ、確かなのは服を脱ぐのも嫌だし、丸焼きも嫌だという事。となれば、やることは一つ…。

『(逃げよ)』ダッ!!!!!!
「ふなっ!?」




 先程の部屋から出て、長い廊下を走る。また様子の違う部屋を通り過ぎて、中庭を抜ける。
 ―――――広い、この建物すごく広い。
 後ろから声が聞こえるかどうかとか、追いつかれないかどうかとか、とりあえずはそんなことを気にせずただ走っている。このまま、どこかに隠れようかな…。
 隠れ場所を探そうと、視線を先に向けると今まで見たものより大きな部屋が見えた。
 よし、あそこにしよう。
 

『っは、…はぁっ、はぁ………。』
 部屋に滑り込み、息を整える。今のところ追いつかれてない。
 辺りを見渡すと、所々置かれた間接照明の明かりでぼんやりとだが、部屋の様子が伺えた。

『(ここ…図書室…ぽい?…本浮いてるけど…)』
『(ここは一体どこなんだろうなぁ……)』

 何が起きてるのかは分からないけど、何か普通じゃないことが起きてることは分かる。
 さて、どうしようかなぁ…なんて考えながら、部屋の様子に視線を巡らせていると、

「オレ様の鼻から逃げられると思ったか!ニンゲンめ!」

 炎とともに狸くんがニヤ付きながら現れた。
 そんなことを考えている間にも、狸くんはじりじりとこちらに近づいて来ている。
 正直、このまま抵抗もなしに身包みを剥がされるのは困る。これはもう燃やされるのを覚悟で突っ込んで捕まえた方が…。相手は肥えた狸くん一匹…イケる!!


「さあ、丸焼きにされたくなかったらその服を――――」

 
 私の頭が逃亡から捕獲に切り替わったことを知らない目の前の狸くんは更にこちらににじり寄って来る。
 いざ捕獲!!と備えて構えた時、

「ふぎゃっ!?痛ぇゾ!なんだぁこの紐!」

 狸くんがシバかれた。
 何が起きたのか暗闇に目を凝らす。

「紐ではありません。愛の鞭です!」

 ……目を凝らした先には言動も格好もやばい男の人が立っていた。どうやら狸くんをシバいたのはこの人らしい。言動はさることながら仮面にシルクハット、羽根つきコート…うーんなかなか。
 やばい人の登場に色んな意味での衝撃を感じていると、彼は体をくるりとこちらに向けた。

「ああ、やっと見つけました。君、今年の新入生ですね?そ…ダメじゃありませんか。勝手にゲートから出るなんて!」
『え、新入生…?』
「それに、まだ手懐けられていない使い魔の同伴は校則違反ですよ。」
『あの…ちょっと…』

 私が何か言う前にシバかれていた狸くんが暴れたことでやばい人はそちらに気を向けてしまった。
 この人が言う言葉には、聞き馴染みのないものもあった。でも、新入生、校則違反という言葉とこの図書室っぽい部屋を見るに…ここは何らかの学校で?私は新入生だと。なるほど、分からん。

 悶々と考え込む私をよそにやばい人は再度暴れる狸くんを黙らせ私に対して前代未聞やら、せっかちやらと小言を吐きながら入学式をするという部屋に行くよう促した。
 その際、普通なら特殊な鍵で開けるまでは扉は明かないと告げられ、そこの狸くんに炎で吹き飛ばされました。とチクると責任もって使い魔の面倒を見なさいと叱られた。解せぬ。

 それにしても…
 結局、このやばい人の登場で丸焼きは免れたものの謎は増した。一人でいてもこの状況について把握はできないだろうし、当面はこの人に付いて行くのもアリかな…。見た目はやばい人だけど言葉は通じるし大丈夫でしょ、たぶん。
 そうこうしている内に「入学式が終わってしまう。さあさあ行きますよ。」と急かされる。
 あ、でも…これだけは聞いておこう。

『その前に、貴方は誰ですか?』
「おや?君、まだ意識がはっきりしてないんですか?空間転位魔法の影響で記憶が混乱してるんですかねぇ……」
 
 私が質問を投げかけると、やばい人はきょとんとした後、良く分からないことを口にした。
 そして、

「まあいいでしょう。よくある事です。では歩きながら説明してさしあげます。私、優しいので。」 

 と言い笑顔で言ってくれた。ありがとう、やばい人改め優しい人!ありがとう!
 でも優しい人は自分でそれを口には出さないんですよ!!!




 


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