試薬の反応は良好。この様子だと、高い催淫作用と依存性を併せ持った新たなドラッグの完成も近い。
大概の人間は欲望に忠実だ。
生殖本能に基づく欲求と知性を持つが故の好奇心を満たし得るこのドラッグは瞬く間に触手を伸ばし、親の庇護下を離れたばかりの若者や、下賤な趣味を持つ富裕層などを中心によく根付くだろう。
この少量の薬物が人間社会においてどのような波紋を見せるのか、考えるだけでも愉悦に口角が緩む。
ゾクリと体が疼く。ああ、ああ…ダメだ。完成もしていない内から昂るなんて、そんなのは。
「なぁにニヤけてんの、name」
昂った気分を冷ましたのは、粗雑に開けられたドアの音と目を細め近寄る男の声。
「なに、おもしろいことでもあった?随分楽しそうじゃねえか、name?」
『…いつもながら喧しい登場だねアーレン。人がせっかく気を昂らせていたというのに。』
「ふうん?珍しい。…やっぱりなんかあったんだろ。」
躊躇なく私の
出会った当初はこの行動の意味について思考を巡らせもしたが、今では大した意味もないのだろうと考えることは止めた。
『新薬の完成が間近なんだよ…これは特によく根付きそうでね。』
試薬の入った試験管を指で弾くと、男はチラリと視線だけで試薬を見た。
「新薬、ねえ…。今までのとどう違う?」
『…従来の気分高揚や多幸感の代わりに催淫作用が著明に出現することで、性交時の快楽を幾重にも倍化させる。…従来のものは大抵の場合が好奇心や不安をきっかけに使用し、依存へと繋がるサイクルを取るものだが、この新薬は身体的快楽を人間の生殖本能に結び付けることでより深く、より手軽に…そして強固に依存へと導く。俗物的な言い方をするなら、最強の媚薬…と言ったところかな』
「へえ………………じゃあこれはキメれば確実に催淫作用だけがが出るってワケ?」
説明を聞いた男は、今度はじとりと舐めるように視線を滑らせると私に問いを投げかける。
『……そうだけれど?』
「…なあ、name。これ、もっと面白くしようぜ?」
私の返答を聞き、男はどこまでも無邪気に笑っていた。
無邪気に、楽しくて仕方がないというように。
私は、この男の子供のようなその顔が嫌いではなかった。
男の言うもっと楽しい事、というのは完成段階にあった新薬に約1/2の確率で発現する苦痛作用を付与する、と言うものだった。催淫作用を得るために博打を打つ必要性を作り、その手軽さに危険性を持たせる事でより使用者の好奇心を煽ることができるだろうと。まあ実際はギャンブルを好むメインケージの中核人物らしい危険な賭けを好んだ彼の嗜好から来る提案だったのだろうけれど。
全く、男らしい、下衆で厭らしいろくでなしの発想だ。
しかし、私もメインケージの一員。人のことを言えずこの考えには納得も、心惹かれもした。
だからこそ、さらなる改良を加え、男の言葉通りの新薬を作り上げた。
新薬が完成したと報告すると、男を始めとしたろくでなしの仲間達は子供のように目を輝かせ、沸き立った。
そして、より根付かせるためにはドラッグにも呼び名が必要だと仲間内で連日頭を捻った。
そうして名付けられた新薬の名は『
赤か黒。究極の快楽と死、命ベットし獲るスリル。ろくでなしの集まるメインケージの扱う新薬にふさわしい名だった。
元よりこのドラッグはロスでの大規模潜入捜査で大打撃を受け、アンダードッグの傘下にならざるを得なくなったメインケージの再起を図ろうと意図されたもの。
組織内でドラッグ開発を担っていた私が手を加え、より利益を見込もうとしている幾重にも思惑が絡んだもの。