嘘だと言ってくれ
「あっ、おかえり」
「…なんでまだ居るの?」
夜23時少し前、万理が帰宅した。
万理は私を見るなり顔をしかめたが、もうとっくに帰ってるはずの私が、まだ家に居るのだから無理もないと思う。私が逆の立場でも全く同じ言葉を投げかけて、同じ表情をするだろうし。
万理は着ていたスーツのジャケットをハンガーにかけ、キッチンのシンク辺りに寄りかかりながらタバコに火を着けた。はぁ…と煙と共に吐き出されたため息に、思わず視線を床へと落とす。
もしかしたら、万理の機嫌はまだ直っていないのかもしれない。
「で?」
その一言に促され、私は今日の出来事を思い出しながら話し始めた。
時は遡る事数時間前
万理が家を出てからもいろいろ考えたけれど、結局万理の機嫌の直し方は思いつかず、とりあえず今回もお詫びの印としておかずを数点冷蔵庫に作り置きをして、私は足早に万理の家を後にした。
と言っても、機嫌の直し方を考えているうちに二度寝してしまった私が本格的に目が覚めた時には12時を回っていたし、シャワーを借りたり、のんびり料理をしていたから、万理の家を出る頃には日は傾き始めていた。
家に帰ったら何をしようなんて、残りの休日の過ごし方を事を考えながら、電車に揺られて30分後に最寄駅に着いた。
甘い物が食べたくなってなんとなく入ったコンビニの店員さんから言われた、近くで火事があったらしいですよ。なんて話に、そうなんですか。と相槌を打ち帰路につけば、自宅までの道に人だかりができていて、何やら焦げ臭い匂いがした。ふと空へと顔をあげれば、自宅付近から無数の煙があがっている。
まさか…!と思い、断りを入れながら人混みをかき分けてたどり着いた先には規制線と複数の消防車。
「うそでしょ…」
私の部屋は黒焦げになっていた。
いやいやまじ、誰か冗談だって言って!そんな思いを込めながら、近くに居た警察官に事情を尋ねれば、住民の方ですか?こちらへお願いします。と、誘導された。
そこで聞いたのは、私の隣の部屋から出火したこと。私の家の一部にも火が回ったこと。そして、無事火は消し止められたが、当分家には入れないというお達しだった。
「そんなこんなで、行く宛が無くて戻って来ました」
「…嘘でしょ?」
「私も第一声それだった」
ほら。と差し出したのは証拠の写真。見るも無残な私の家の外観。それを見ながら家に置いてあるパソコンや、ろっぷちゃんたちに思いを馳せ肩を落としていると、万理が再び大きくため息をついた。
「友達の家行けばよかったじゃん」
「…仲良い子、みんな子持ちだもん。頼めない」
「会社の人とか」
「おしゃべり同期は彼氏と同棲してるし、先輩は苦手だから無理」
だからお願い!しばらく泊めてください!と、ソファの上で土下座をすれば、タバコの火を消してゆっくりと近付いてくる万理。
心なしか目つきが鋭い…気がする。
恐る恐る顔をあげると、横に座った万理は眉間を指で押さえながら、あーとかうーんとか唸り始めた。
家を探してると言った時は、俺ん家でいいじゃん。なんて軽口叩いてたのにダメなの…?
そんな事を思いながらちらりとスマホを確認すれば、ちょうどユキからラビチャの返信が来ていた。
昨日知らない間に登録されていたユキのラビチャ。日中に数通やりとりした後にネタとして送った、家燃えた。に対しての返信だった。
−どう言う事?
とだけ書かれたメッセージに、ことのあらましと今の状況を簡単に送れば、すぐに既読がついた。
−万まだ機嫌悪いんだ?
−機嫌悪いかはわかんないけど、しばらく泊めて!って言ったらめっちゃ悩んでる
−へぇ?彼女が困ってるのにね?試しに、僕が泊めてくれるって言ってる。って言ってごらん
−え、泊めてくれるの?
−万次第かな
万理が泊めてくれなかったら最終手段に使っていいよって事?万理に目を向ければ、未だに悩んでいるみたいで、物は試しだ。と、私は声をあげた。
「やっぱ大丈夫」
「えっ?泊めてくれる友達見つかったの?」
「うん。ユキが泊めてくれるって」
「そう…。って、はぁ?!」
私の言葉を聞くや否や、勢いよく上がった万理の顔はいろんな感情がごちゃっとなってるみたいで、複雑な表情が浮かんでいた。
「ユキってあの千?!」
「えっ…多分、そのユキ」
あんたの元相方の…。と呟けば、万理は私のスマホを取り上げて素早く何かを打ち込んだ。はい。と返されたラビチャには
−さっさと寝ろ
とだけ書かれていた。
「なにこれ」
「なにって?そのままの意味」
あいつんとこになんか、行かせない。
そう言って今度は真剣な顔で私の腕を掴んだ万理に、ちょっとだけドキッとしながら、じゃあ泊めてくれる…?と首を傾げる。万理は目を逸らしながら、好きなだけ居ていいよ。と言ってそっと手を離した。
「本当にありがとう。なるべく早く出て行くから…」
「好きなだけ居ていいってば」
「…だって本当は嫌なんでしょう?」
様子を伺うようにそう尋ねれば、そんなこと一言も言ってないだろ。と、頬をぎゅっと抓られた。いや、普通に痛いしわけわかんない。その手を振り払って、ほっぺをさする。
「じゃあ、なんであんなに悩んでたの?」
嫌じゃないならなんなの。と続ければ、また黙ってしまった万理。今のうちにユキにちゃんと返信をしよう。とラビチャを開くと同時にふっと影が落ち、次の瞬間には背中に柔らかい衝撃。目の前には万理の顔があって、その先には天井。…天井?!
「はっ?!ちょっ!退いてよ…!」
「なんで悩んでたかって?」
「いやっ、もうそれはいい…!」
「おまえとずっと居たら、こう言う事したくなっちゃうかもって思ったからだよ」
そう言って首筋にキスを落とした万理に、一気に顔が熱くなる。いろいろあって忘れてたけど、そうだ万理ってクズなんだった!もー!早く退いて!!と万理の胸をぐっ!と押せば、くすくす笑いながらもあっさりと退いた万理を、私は睨み付ける。
「冗談だよ」
「タチ悪い!」
「千の場合、冗談じゃ済まされないけどね」
「えっ?」
あいつ、俺の100倍女癖悪いから。
にっこりと音がつきそうな笑顔でそう言った万理の言葉に、頭が痛くなった。
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仕事を終えて帰宅したら、奈々美が居た。
あれ?デジャブ?なんて思いながらも、朝八つ当たりをしたまま別れたから、なんか少し気まずくて、とりあえずジャケットをハンガーにかけ、気持ちを落ち着かせるためにタバコに火をつけた。
思わず出たため息に、奈々美が視線を落としたのがわかった。
多分、まだ俺が不機嫌だと思ってるんだろう。
で?と、話を聞いてみれば、なんでも隣の家が起こした火事に巻き込まれて帰る場所がないから、しばらく泊めて欲しい。との事だった。
そんな漫画みたいな話あるのかよ。と思ったけど、奈々美に見せられた写真が全て真実だと物語っていた。
頼ってもらえるのは嬉しい。しかし問題は、奈々美の言う"しばらく"がどれくらいの期間になるかというところで…。
正直、何日も一緒に居て手を出さない自信が無い。一晩だけならまだ耐えられる。今までも耐えてきたし。
そもそも前に奈々美に、俺の家に住めば?なんて提案したのは、奈々美がその提案に乗らないと分かっていたから言えた言葉で、実際期間限定とは言え一緒に住むとなると話は別だ。
俺が悩んでいると奈々美は突然、やっぱ大丈夫。とあっけらかんと言い放つもんだから、思わず、えっ?と間の抜けた声が漏れた。
「泊めてくれる友達見つかったの?」
「うん。ユキが泊めてくれるって」
「そう…。って、はぁ?!」
ユキって、あの千?!と尋ねれば、あんたの元相方の…。と奈々美が呟いた。
こいつ、何言ってんだ。
奈々美には千が善人に見えてるのかもしれないけど、あいつは俺なんか比べ物にならないほどクズだし、女癖が悪い。
そもそも、昔から一方的に知っていたかも知れないけど、奈々美が千とちゃんと顔を合わせたのはつい昨日の方だ。そんな男の家に行こうだなんて、本当に危機感がなさすぎる。何かされても文句言えないぞ。
"奈々美が千に何かされている"なんて最悪の事態を頭の中で描いたら、そんなのやっぱり耐えられなくて、俺は奈々美のスマホを奪い、千とのラビチャに、さっさと寝ろ。とだけ書いて送信した。
あぁきっとまた千に、余裕無いね。なんて笑われるんだろうな。
そのメッセージを見てきょとんとしている奈々美の腕を掴みながら、あいつんとこになんか、行かせない。と、まるでドラマみたいなセリフを無意識に言っていた自分に驚いた。
「じゃあ泊めてくれる…?」
首を傾げてそう言う奈々美は、本人はその気は無いのかも知れないけど、俺から見たら上目遣いで…。俺は慌てて目を逸らしながら、好きなだけ居ていいよ。とだけ告げて、理性をフル稼働させた。
なんとか心を落ち着かせたタイミングで、なんであんなに悩んでたの?なんて聞いてくる奈々美は、俺が黙ったからだろう、再び千に連絡を取ろうとしている。
それが無性に腹立たしくて、奈々美の肩をトンっと軽く押して倒す。面白いくらい簡単にソファに沈んだその体に俺が覆いかぶさったところで、奈々美はようやく慌て出した。
「なんで悩んでたかって?」
そんなん、抱きたくなるからに決まってるだろ。
そんな露骨に言えるわけもなくて、おまえとずっと居たら、こう言う事したくなっちゃうかもって思ったからだよ。なんて軽く返して、首筋にキスを落とした。
そのまま吸い付きたい衝動をなけなしの理性で抑えて、奈々美に押されるがままに体を離す。
顔を真っ赤にしている奈々美に、冗談だよ。と笑いながら、千への忠告をして、俺は着替えを持って浴室へと足を向けた。
俺がこんなに我慢してんのに、あいつに取られるなんて死んでもごめんだ。
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