例えこれが間違いでも




そこまで話して目を伏せた奈々美ちゃんに、俺はかける言葉が見つからなかった。
出会いがあれば別れがあるなんてよく聞く言葉で、俺自身もそれは当たり前だと思っていた。それでも、出会った人達との縁は大事にしたい。大切な人とはずっと一緒に居たい。そう思っているし、そうするべきだと思う。

…きっと彼女もそう思ってる。

だからこそ、大切な人とずっと一緒に居たいからこそ、彼女は好きという感情を自分の中から消した。好きという感情がもたらした別れが、あまりにも大きすぎたから。


「奈々美ちゃん…」


彼女の名前の後に続けるべき言葉は何だろう。つらかったね。頑張ったね。いや、彼女はそんな言葉を望んではいない。そう思ったら、やっぱりかける言葉が見つからなくて、思わず口を噤む。
そんな俺に、もう一杯飲みましょ!!と、空になったグラスを掲げながら、困ったように笑う彼女が、なんだか痛々しかった。






「お話、聞いてくださってありがとうございます」
「あっ、いや…こちらこそ、話してくれてありがとう」
「この話、今まで人にした事ないんですけど、十さんにならいいかなぁって」
「そう、だったんだ…」

さっきよりも強めのお酒を飲みながら、力の抜けた笑顔で笑った彼女に、空気の読めない心臓が、大きく鳴った。その言葉に、他意はないと分かっているのに。

「十さん、頼れるし、優しいし、お兄ちゃんが居たらこんな感じなんだろうなぁって、思うんですよね」
「お兄ちゃん…」

その言葉に、複雑な思いを抱く。頼られるのは嬉しい。優しいって言われるのも、もちろん嬉しい。ただ、一緒になれる可能性がないことを改めて突きつけられた気がした。





「私、家族に憧れてて」
「えっ?」

突然そう話始めた奈々美ちゃんに、思わず首を傾げれば、そんな俺が面白かったのか、彼女は少し笑った後、再び口を開いた。

「里子に取られたあと、実は里親とうまくいかなくて…。って言うか、彼らの実子となんですけど。同じくらいの歳の子だったから、私が可愛がられてるのが気に入らなかったんでしょうね」

淡々と話す彼女は、先ほどとは打って変わって寂しそうな顔をしている。もしかしたら彼女にとっては"人を好きになれない事"よりも、こっちの方が大きな問題なのかも知れない。

「お前には本当の家族なんて居ないんだ。お前はこの先もずっとひとりだ。なんて、言われ続けてて…」
「そんな…!」
「今思えば、うるせー!って感じですけどね。でも、当時の私には耐えられなくて、私には弟がいるから大丈夫!って自分に言い聞かせてやり過ごしてました。弟って言っても、施設で出会った男の子なんですけど」

手元のグラスに目を落とした奈々美ちゃんが、誰の事を言ってるのかが嫌でもわかってしまって、俺も釣られてそのグラスに目を落とす。



「…矛盾してるってわかってるんです。私が家族を作るには、私が人を好きになって、結婚して、子どもを産む。それしかないのに、人を好きになれないなんて。 

でもそれも、彼がいるから大丈夫だって。彼はいつまでも私の弟で…私の家族でいてくれるって、そう思ってました。でも、そうじゃなかったんです。私は自分の理想を押しつけて、彼に無理をさせてたんだって、だから昔のことは忘れようって伝えたんですけど、それもまた違って…。って、なんか間違いだらけですね」

はははっ。と、眉を下げて笑う奈々美ちゃんは、やっぱり痛々しい。こんな事言われたらきっと戸惑うかも知れない。でももうこれ以上そんな顔は見たくないって思ったら、言わずには居られなかった。


「無理に笑わなくていいよ」
「…無理に笑ってなんて」
「ここには俺しかいないんだ。他の誰も聞いてない」


大丈夫だから。



俺のその言葉をきっかけに、彼女の目から涙が溢れた。



「全部、わがままだってっ、わかってるんです」
「…うん」
「昔のこと、忘れようなんて…そんな事本当はしたくないし、ずっと昔のままで…」
「…うん、」
「嘘でもいいから、環くんと家族で居たかったんですっ…!」





好きなんて言葉、聞きたくなかった





その言葉を呟くと同時に大粒涙を流した彼女の姿に胸が締め付けられて、その涙を拭おうと手を伸ばし、思い留まる。
彼と同じ感情を抱いている俺には、彼女の涙を拭う資格なんてないんじゃないだろうか。
そんな思いが、頭を駆け巡った。


でも、それでも、今彼女の心に寄り添えるのは、環くんじゃなくて俺だから…




「大丈夫だよ。俺がそばに居るから」




弟の代わりのお兄ちゃんでもいいんだ。ただ、君のそばに居させてほしい。
そう呟きながら彼女の涙を指で拭えば、彼女の瞳の奥が揺らいだのがわかった。


距離は近付いたはずなのに、これ以上近付いてはいけないというラインを自分で引いた俺は、賭けに勝ったと言えるのだろうか。



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