聞き慣れた声




「おはようございます!」


スタジオに着いて1番最初に目についたのは、いつもと変わらない笑顔でスタッフに挨拶をして回る奈々美ちゃんだった。
先に行ってる。と一言残して楽屋へ向かった天と楽に小さく返事をして、俺はそんな彼女に挨拶をするスタッフを注意深く見てしまう。
不審な動きをしている人は居ないだろうか。あの人は確か奈々美ちゃんと同じタイミングでチームに加わったよな…。
同じチームのスタッフを疑ってしまっている自分に嫌気がさして、思わずため息をついた。


「十さんおはようございます」
「お、おはよう」

ため息をついたと同時に俺の元へとやってきた奈々美ちゃんは、視線を泳がせながら挨拶をした俺に首を傾げた。そして彼女はメイク室のドアノブに手をかけ、俺に小さく手招きをした。


「昨日はすみませんでした!それで、あの…例のあれ、持ってきてくださいました?」
「えっ…あっ、あぁ、あれね」

はい。と俺がクラッチバッグから出したのは白い封筒。それは昨晩、俺が車の中で拾ったものだった。








駐車場で例の写真を見つけた後すぐに奈々美ちゃんからラビチャが入った。そのメッセージを見て、俺は手元の封筒に目を落とす。


−すみません。助手席に白い封筒が落ちてませんか?


きっと彼女の言う白い封筒はおそらくこれの事だろう。それよりも問題なのは、奈々美ちゃんがこの写真の事を知ってるのか否か、という点だ。
もしかしたら、知っていて平気なふりをしているのかもしれない…。そう考えたら居ても立っても居られず、俺は発信ボタンを押した。
数回の呼び出し音の後、はい。と奈々美ちゃんの声が耳元で聞こえて、それがなんだかくすぐったく感じて、こんな時に何考えてんだ!と、自分を律して俺は口を開いた。


「もしもし、奈々美ちゃん?」
『お疲れ様です。すみません、急にラビチャしちゃって』
「いや、それは大丈夫なんだけど…」

それで、封筒ありましたか?と、何事も無い様に尋ねてくる奈々美ちゃんに、俺はひとまず何も知らないふりを貫く事にした。

「封筒、床に落ちてたよ」
『あっ!やっぱり!すみません、明日持ってきていただいてもいいですか?』
「…奈々美ちゃん、何かあった?」
『えっ…?』

電話越しの彼女の声がなんとなく無理しているような気がして、思わず口から出た俺のその言葉に、奈々美ちゃんが息を飲んだのがわかった。

『なっ、何もないですよ!さっき別れたばっかりじゃないですか!』
「そうだけど、でもっ…!」
『すみません、ちょっと疲れちゃったので、今日はもう寝ますね。明日よろしくお願いします!』
「えっ?あっ、奈々美ちゃん!……切れちゃった」

俺の制止の言葉も聞かずに、一方的に切られた電話。その後ラビチャを送ってみても、既読は付かなかった。





そんなこんなで迎えた今日。タイミングを見計らっていろいろと聞こうと思っていたけれど、まさか朝一でこの話題に触れる事になるとは思っておらず、俺は歯切れの悪い返事とともに封筒を渡した。

「ありがとうございます」
「奈々美ちゃん、あのさ…それ、中身は?」
「中身、ですか…?」
「あっ、いや、わざわざ電話してくるくらいだから、大事なものなのかなって思って」

苦しい言い訳をしながら中身を探ろうとしたが、奈々美ちゃんは、ただの手紙ですよ!と、笑顔で返すだけだった。
これ以上の詮索はしないでください。という、その笑顔の裏を感じ取ってしまった俺は、その後、呼びに来た楽に連れられて渋々とメイク室を後にした。






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「それ、中身は?」


十さんの言葉に、心臓がドキッと大きな音を立てたのがわかった。


もしかして、十さんは中身を見たのだろうか…?


あえてされたようなその質問に、どんどん心拍数が上がって息苦しくなったけれど、何とか冷静を装って十さんの言葉を躱した。詮索をして欲しく無いという気持ちが伝わったのか、その後十さんは八乙女さんに連れられてメイク室を後にした。
1人になったメイク室で、私は意を決して震える手で封筒の中身を確認した。


「…あれ?」


その封筒の中身は空だった。
数週間前、ポストに投函されていたそれには、確かな厚みを感じたと思ったのに…。勘違いだったのかも、とため息を吐きながら、もう忘れよう。と、その封筒を丸めてゴミ箱へと投げ捨てて、私は仕事の準備へと取りかかった。








その後、大きなトラブルもなくTRIGGERの現場での仕事を終えて、ライブ最終日の今日、TRIGGERとスタッフの盛大な打ち上げが行われている。
振り返ってみれば1ヶ月なんてあっという間だったけれど、学ぶ事も多くてとても充実した日々だった。毎日のように顔を合わせずっと同じチームで動いてきたので、今日で終わりだと思うと少し寂しい気持ちになる。

十さんには仕事でもプライベートでも、本当にいろいろとお世話になって頭が上がらない。今もずっと隣にいて、空いたグラスにどんどん注がれていくお酒を、私の代わりに飲んでくれている。
そんな十さんの姿を、同じくひたすらお酒を飲んでいる八乙女さんがニヤニヤしながら見ている傍で、私は天くんとりんごジュースを片手にお喋りを楽しんでいた。
その後、明日仕事の人もいるだろうし!という幹事の声により打ち上げは早々の解散になった。
酔い潰れてしまった十さんと八乙女さんを姉鷺さんが担いで車に押し込んだのを見送って、私も帰路に着いた。



天くんから言われた、また一緒に仕事しましょう。と言う嬉しい言葉を思い出しながら、自宅への道を歩いていると、マンションのエントランスに人影が見えた。
薄暗くてわかりにくいけど、身長からして恐らく男の人で、その人はゆっくりと私に近付いてくる。
一瞬、例の写真が頭をチラついて思わず後退った私にの耳に、聞き慣れた、でも実際には久々に聞くゆったりとした声が響いた。





「ななみん?」




忙しさと、充実と、その他色んなことがあったせいで、私は大事な事をすっかり忘れてしまっていた。




「環くん…」



向き合わなければいけない、彼の気持ちの事を。



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