夢語る




片瀬さんとお昼を食べるようになって早1ヶ月。と言っても、毎日一緒に食べているわけではないから回数にすると片手で数えられるくらいだ。
そんなある日、サッカー部の練習が終わり、制服に着替えている最中にチームメイトから声をかけられた。


「春原って、片瀬さんと付き合ってんの?」
「えっ?」


突然の質問に目を白黒させていると、"片瀬さん"というワードに反応して、なになに?!と集まってくるチームメイト。その勢いに押されながら、つっ!付き合ってないし!と声を上げれば、みんな様々な反応を見せた。
ほっとしてるやつ、つまんないのー!と言いながら着替えに戻るやつ、ほんと様々だ。


「片瀬さんと付き合えたら、高校生活バラ色だよな〜」
「バカ、お前なんかじゃ到底手が届かねぇよ」
「そーそー!現実見ろって!」
「うっせ!…でも、春原はよく片瀬さんに話しかけられたよな」
「なー!俺なんて同じクラスだけどまだ挨拶しかしてねぇし!」
「それはお前が雑魚!」


わいわいと盛り上がるみんなの声をBGMに、俺は今しがた話題に上がった、片瀬さんの顔を頭に思い浮かべた。
かわいくて、頭が良くて、俺はまだ見たことないけど、運動神経も悪くはないらしい。そんな彼女は、きっとみんなが思っているよりもよく笑う。食べるのが好きで、甘いものが大好き。一緒にお昼を食べる時は、いつもデザートを用意してくる。この間は手を滑らせてシュークリームを床に落として、泣きそうになってたっけ。
そんな事を思い出して緩んだ口元をチームメイトが見逃すはずもなく、うわー!と騒ぎ出した。


「思い出し笑い?!春原スケベだ!」
「はっ?!違うし!」
「そんなスケベな春原に、片瀬さんと同じクラスの俺がいいこと教えてやるよ」
「だから…!」
「まー聞けって!片瀬さんってスタイルいいじゃん?だからさ…」


そう言ってニヤニヤしながら、俺の耳元でとんでもない事を言い放ったチームメイトに、はぁ?!と今日一の大声を上げてしまい、先輩に1年うるせーぞ!と怒られてしまった。
それを皮切りに俺たちはおしゃべりをやめて急いで帰り支度を初め、足早に帰路についたのだった。






そんな事があった2日後、俺は少しそわそわしながらいつもと同じ踊り場で片瀬さんを待っていた。意味もなくスマホをいじったり、応援してるサッカーチームの試合結果を見て心を落ち着かせる。


「あーあー。また春原くんの方が早かった」


頭上から降ってきた声にぱっと顔を上げれば、残念そうにしている片瀬さんがそこにいた。そういえば昨日ラビチャで『明日は春原くんより先に着けるようにする!』なんて言ってたっけ。
そんな事より、衣替え期間になって初めて会った彼女の夏服姿を見て、俺は先日のチームメイトの言葉を思い出す。



『片瀬さんってスタイルいいじゃん?だからさ、夏服姿まじ最高だぜ』



特に、ここ。と、自分の胸の辺りを指差しながら言うチームメイトのニヤついた顔をかき消すように頭を振れば、片瀬さんは首を傾げた。
今日も暑いね。と言いながら、持っていたペットボトルを頬に当てて小さく笑った片瀬さんの胸元をなるべく見ないように俺は、そうだね。と小さく返事をした。


「もう6月だもんね、春原くんももう衣替えしたんだね」
「えっ!あっ!そう、期間入ってすぐ替えた!」
「私も!暑いの苦手。そう言えばね、女子はスカートとリボンのチェックの色が冬服と違うんだよ」


ほら。と、胸元のリボンを指差す片瀬さんにちらりと目線だけやれば、確かに冬服のリボンとは色が違うかもしれない。正直女子のリボンなんて、ちゃんと見た事がないからわからない。
いや、そんな事より、俺の意識がリボンの先の膨らみに行く前に話題を変えなければ。と、頭の中で必死に話題を探して、彼女に伝えておかなければならない事があったのを思い出した。


「あっ!」
「どうしたの?」
「いや、来週からしばらく一緒にご飯食べられなさそうでさ。夏の大会に向けて本格的に梅雨の期間入る前に、昼休みも練習するらしくて」
「そっか、梅雨に入っちゃうとあんまり外で練習できないもんね」


窓の外に目を向けながらそう言う片瀬さんに、俺から誘ったのにごめんね。と声をかければ、全然大丈夫だよ。と彼女は優しく笑った。


「部活、いいなぁ。青春って感じ!」
「片瀬さんは部活入らないの?」


そう尋ねて、そう言えば彼女は仕事をしてるんだった。と思い出した。元々昼休みにしか会わないし、一緒にご飯を食べる日もいつも片瀬さんから提案された日にしていたから最初に誘った日以降、都合が合わないなんて事もなくてすっかり忘れていた。


「やってみたいんだけど、お母さんがダメだって」
「…そっか」
「中学の時一瞬だけバスケ部に入ったんだけど、突き指しちゃって、指がすごく紫になって腫れちゃってね。ちゃんと検査したら骨が欠けてた?かなんかで、しばらくお仕事できなくて」


めちゃくちゃ怒られた!そう言って笑った片瀬さんは、怒られた。って話なのになんだか楽しそうで、まるで悪戯がバレた子どもみたいで、こんな表情もするんだ。なんて、心の中で驚いた。


「お仕事って、モデルなんだっけ?」
「え?あー…そう。でも、本当は違うの」
「本当は?」
「これはまだ誰にもバレてないけど、私本業は女優なんです!」


彼女の言葉に思わず、え?!と大きな声が出た。


「女優?!女優って、ドラマとか映画に出る、あの女優?!」
「えへへ、そう!その女優。と言っても私なんか無名だし、高校の間は学業優先だから短時間でもできるモデルのお仕事を、今はいっぱいやらせてもらってるの」


でも、いつか映画の主演とかやってみたい!


きらきらと輝くような笑顔で夢を語る片瀬さんを見て、純粋にすごいなと思った。それと同時に、もしかしたら俺と彼女は住んでいる世界が違うのかもなんて、近付いたと思った心の距離が離れて行くのを感じた。


「春原くんは?」
「えっ?」
「夢はある?」


笑顔と同じくらいきらきら輝いた瞳でじっと見つめられて、少し気恥ずかしさを感じながら、俺は頷いた。


「あるよ!サッカー選手!」
「サッカー選手…!すごい…!」
「小さい時からの夢なんだ。初めて生で試合を見た時の感動が今でも忘れられなくて、その日からずっと、憧れてる」
「…じゃあ、私と一緒だ!」


そう言って片瀬さんは、女優を目指したきっかけを教えてくれた。なんでも子どもの頃、親が彼女の人見知りな性格を治すために、ドラマのエキストラに応募した事がきっかけだったらしい。


「その時、初めて生で女優さんの演技を見て、感動して…その日からずっと、憧れてるの」


大切な思い出なのだろう。片瀬さんの表情は、今までで見た中で1番優しくて、綺麗で、俺は思わず息を飲んだ。
そして彼女は何かに気付いたのか、ぱっと表情を変えて、俺の顔を見て、今度はあどけない笑顔でこう言った。




「また、共通点見つけられた…!」




離れたと思った心の距離が、また少し近付いた気がした。



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