最低最悪
「ねぇ万理!待ってってば!」
コインパーキングへ向かう途中、ちょっと!聞いてんの?!と、怒気を含んだ声を上げながら俺の手を振り払った奈々美に、俺は足を止めてゆっくりと振り返る。
そこには眉間にシワを寄せ、口を尖らせた奈々美がいて俺は思わず、酷い顔。と笑ってしまった。
「…悪かったわね。ってか、さっきの何?!あんなん、勘違いされるじゃん」
奈々美の言う"さっきの"とは、迎えに来た発言の事だろうか。それとも、店先で解散する時に、アルコールが回ってふらついていた奈々美の腰をみんなの前で抱き寄せた事だろうか。…多分、どっちもなんだろうな。
「別に、勘違いさせておけばいいじゃん」
「だって、地元の人たちには言わないって約束じゃんか!」
「約束は破ってないだろ。俺たちは付き合ってるなんて、一言も言ってない」
だろ?と口角をあげて、再びの手をギュッと握って足を進めれば、奈々美は悔しそうに唸りながら俺の後に続いた。
「勘違いされたくない相手でもいた?」
車に乗り込み、シートベルトを装着してナビを設定しながらそう尋ねれば、はぁ?と不機嫌そうな声が聞こえた。
「そんなわけないじゃん」
「そう?ならいいけど。解散前に横田と仲良さそうに話してたから、てっきり好きにでもなったのかと思った」
「…なんでもすぐ色恋沙汰に繋げるのやめなよね」
ナビの設定が終わり、呆れたようにため息をついた奈々美に、ため息つきたいのはこっちだよ。なんて思いながら目を向ければ、何やらシートの周りをきょろきょろ見回していた。
「どうしたの?」
「いや、なんか足元狭いから下げたいなって…」
そう言えば、今日はこの車でMEZZO"の現場に行ったんだった。と、ふと思い出した。前に環くんが後部座席の足元が狭いと言っていたから、今日はあらかじめ助手席を少し前に移動させていたのをすっかり忘れていた。
「左側の下の方にない?ってか、お前目半分閉じてるじゃん。また寝る気?そんなに飲んだの?」
「……眠くないし、飲んでない」
「今の間はなんだ」
奈々美の酔い方は厄介だと前から思っていた。顔は少し赤くなるけど、酔っていても普通に会話ができるし、傍目からはおそらく酔ってるように見えないタイプなんだろう。ただ、歩き始めたらふらふらしてるし、その後座ったらすぐ眠くなるし、危なっかしいから正直今日も心配だった。
「結局、俺が迎えに来てよかったじゃん」
「…別に1人でも帰れたもーん」
そんなことを言いながら、奈々美がシートの横についているレバーを引いたと同時に、助手席の背もたれが少し下がったのが見えた。
「いや、それ背もたれ倒すやつだよ。もっと前の方にない?」
「んー…?わかんない」
面倒くさくなったのか、それとも眠くなってきたのか、もういいや。と言いだした奈々美にため息をついて、しょうがないな。と、シートベルトを外して助手席の方へ少し身を乗り出す。
そしてヘッドレストに左手を添えて、ちょっとごめん。と言ってドアと助手席の間の僅かな隙間に手を差し込み、手探りでレバーを引き、助手席を後ろへとスライドさせる。
「これくらいでいい?」
そう言いながら顔を上げれば、奈々美は既に寝息を立て始めていて、俺は思わず脱力した。
「お前は本当…人の気も知らないで…」
「んー…?」
「んー?じゃないよ。まったく」
無意識のうちに奈々美の唇へと視線を落としていた自分を、なけなしの理性でなんとか制御して、俺はゆっくりと車を走らせた。
「ほら、着いたぞ」
「はーい…」
俺に手を引かれながらふらふらと歩く奈々美は自宅のドアが閉まると同時に、もうだめー…。と玄関に座り込んだ。そんな奈々美をなんとか立ち上がらせてリビングへと引っ張る
「おまえ、そんなに強くないんだろ?外であんま飲むなよ」
「いつもは大丈夫だもん…」
「…いつも介抱してるんだけど」
ごめんなさーい。と言ってソファに倒れ込んだ奈々美にため息が出る。そして無防備に投げ出された脚に、ほんのり赤く染まっている頬に、思わず喉が鳴る。
「…おまえ、そんなんじゃ襲われても文句言えないぞ」
「えー?大丈夫でしょ。…ふあぁ」
俺の心配なんて梅雨知らず、呑気にあくびをして、再び眠りにつこうとしている奈々美に、無性に腹が立った。
何を根拠に大丈夫なんて言ってるんだよ。
俺が奈々美に覆い被さると同時に薄ら開いた瞳が不安げに揺れた。
「えっ、ちょっ、万理…?」
「大丈夫じゃないから言ってるんだよ」
やだ、どいてよ。と俺の胸元を押す両腕をソファに縫い付けてキスを落とせば、奈々美はなんとか腕を引き抜こうともがき出した。抵抗する奈々美の腕を押さえる力を強くして、それを合図に隙間から舌をねじ込めば、んんっ!とくぐもった声が聞こえる。
これ以上はダメだと、頭の中で警報が鳴り響いた。
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頭がくらくらする。それはお酒のせいなのか、それとも万理のキスのせいなのか、それすらももう、わからない。
押さえつけられてる腕が痛い。
絡められてる舌が熱い。
眠気と苦しさで意識が落ちそうになる度に、万理の長い髪が私の頬を撫でる。
そしてぼーっとする頭で考える。
私はまた、万理を怒らせてしまったのだろうか。
万理は私を心配してくれてる。それはわかってる。でも、私は今まではこんな風に酔っちゃうことなんてなかったんだよ。万理と会うようになってから、万理と居る時だけ、安心して酔っちゃうんだよ。
だからこんな風に酔った私を襲える男は、万理だけ。でもさ万理、私達には約束がある。
だから大丈夫、でしょう…?
そう、思ってたのに。
「んっ…はぁ…奈々美…」
なのになんでそんなに、切なげに私の名前を呼ぶの?なんでそんなに、泣きそうな顔をしてるの?薄らと開けた目に映った万理の表情に、なぜか胸がギュッと締め付けられた。
ねぇ万理、私達には約束があるからなんて言ったけど、あんなものなんの意味もないって、私もう気付いてるんだよ。
だって、必要以上に相手の生活に関わらないなんて言っといて、毎日連絡とって毎週末会って、挙げ句の果てには一緒に住んでるし、地元の友人には絶対に言わないって決めてたのに、気が緩んで万理の名前出しちゃうし、万理は万理で迎えに来るし。あーあー、結局みんなに勘違いされたままなんだろうな。
…されたままでも、いいか。
あとやっぱりね、万理。
絶対に本気にならないなんて、私には無理だったよ。だって万理の隣の居心地の良さは、昔から何も変わってないから。気が置けなくて、なんやかんや面倒見が良くて、少し意地悪だけど、優しくて…。わがままな私はどうしたって、ずっとここに居たいって思っちゃう。
面倒くさい女でごめんなさい。
それでも私はまだ万理と一緒に居たいから、この気持ちは隠しておくね。
…あれ、でも、今ここで万理に抱かれたら結局今の関係は終わっちゃうのかな。
私の腕を押さえていた万理の手は、もう随分前から私の服の中に差し込まれ、腰と太ももを撫でている。自由になった手で、前みたいに万理を殴れば、きっとまた万理は止めてくれる。
でも、もう、いっそのこと、このまま…
私が万理の首に腕を回そうとした瞬間、おでこにゴンッ!という衝撃が走った。
「いったぁ〜!!」
そう。万理に頭突きされたのだ。
万理は万理で、自分から頭突きをしたにも関わらず、おでこを押さえながら天を仰いでいる。
「何すんの?!」
「いや、おまえ馬鹿か!ちょっとは抵抗しろ!」
「はっ、はぁ?!」
人が折角腹括ったのに!なんなの?!
おでこは痛いし、襲われても知らないぞなんて言っといて、中途半端なところでやめられて、それって結局私は万理に女として見てないって事?えっ、やだ、なにそれ虚しい。1人であれこれ考えて馬鹿みたい。
ぼやけた視界を隠すように両手で顔を覆うけれど、鼻をすする音は誤魔化せない。
「え?何?泣いてんの?そんなに痛かった?」
「…うっさい!万理のばかぁ!最低クズ野郎っ!もういい!ベッド使ってやるんだから!!」
「別にいいけど…。寝るならせめて化粧落としてから寝なよ」
「わかってるし!シャワーしてくる!」
バタン!とわざと大きな音を立てて、ドアを閉めて、ぶつぶつと文句を言いながら服を脱ぎ、頭からシャワーを浴びて、私は心を落ち着かせた。
それでも出るのはため息ばかりで、どうしようもない気持ちが胸に広がる。
「痛いよ、馬鹿…」
やり場のない気持ちが、シャワーのお湯と混ざって頬を濡らした。
本当最悪だ。
何が最悪って、そんなん決まってる。
ずっと認めないようにしていた自分の気持ちを、認めてしまった事だ。
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