キスもそれ以上も




朝、現場に着いてすぐに、ユキさん!と声をかけられた。
その声はよく知っている人物のもので、振り返れば案の定、奈々美ちゃんがいた。
現場だから頑張ってクールを装っているけれど、僕に会えて嬉しいという気持ちがだだ漏れで、口元が緩んだ。


「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」

そんなに堅くならなくてもいいのに。と、彼女の頭をぽんぽんと叩けば、頬がほんのり赤く染まったのがわかって、この子こんなに表情に出やすいのに、よくクール系で売ってるな。なんて、改めて思ってしまった。



今日はドラマの撮影だ。
少し前から撮っているこのドラマ、僕と奈々美ちゃんは同じ会社の上司と部下の役だった。とは言え、主演は駆け出しの若手女優と俳優で、僕たちはクレジットでも後半にくるようなポジションだ。
しかし台本を読み進めてみれば、物語終盤に2人は恋人同士になるという事が判明。そしてどうやら僕と奈々美ちゃんの組み合わせが人気だったらしく、僕たちがメインのスピンオフ作品を撮る事が決まったのはつい先日の事だった。

高校生の頃から知っていて、尚且つ相方であるモモの彼女の奈々美ちゃんと、役とは言えメインでがっつり恋人役をするのは、いくら僕でも少し緊張する。
それはどうやら奈々美ちゃんも同じようだ。


「まさかユキさんとこんなシーンを撮る日が来るとは思わなくて今死にそうです…」


息継ぎなしで頬を抑えてる奈々美ちゃんに、僕もだよ。と言えば、ユキさんも緊張とかするんですね…。なんて驚くもんだから、思わず笑ってしまった。
しばらく2人で雑談をしていると、撮影の準備が整ったようで、スタッフから声をかけられた。
向かい合って立った奈々美ちゃんが小さな声で、緊張やばいです。と呟くと同時に、スタッフの声を合図にカメラが回り始めた。






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「って、撮影を昨日はしてきたよ」

ちょっとだけキスもした。ネクリバの収録前、楽屋でそう言いながらにこっと笑ったユキは今日もめちゃくちゃイケメンだ。って、そうじゃなくて…!


「ユキと奈々美がキス?!」


モモちゃんそれは聞いてないんですけど!と大声をあげれば、ユキはくすくすと声を上げて笑い始めた。
ユキと奈々美がドラマでW主演を務めると言う話はだいぶ前に聞いたし、なんならお祝いもした。
奈々美は女優だからキスシーンなんて正直しょっちゅうあるし、まぁ、それ以上のシーンがある事だって多々ある。それが彼女の仕事だし、付き合い始めはさておき今はもういちいち気にする事なんかないのだけれど…!

「ユキとキスしたら、いくら奈々美でもメロメロになっちゃう!」
「奈々美ちゃん、赤くなっててかわいかったよ」

頬杖をついて首を傾かせながらそう言うユキはめちゃくちゃ楽しそうだし、やっぱりめちゃくちゃイケメンだ。
そしてオレはふと考えたら。好きな人同士のキスシーンとかおいしくないか?いや、でもやっぱり普通に複雑な気分!!
そんな事を頭の中で考えていたらあっという間に収録の時間になり、この話は終わった。



流石に仕事をしてる時は忘れられたけれど、帰宅後いつものようにオレの家に来てくれていた奈々美を見たらユキの話を思い出してしまって、オレはなんの前触れもなく、テレビを見ている奈々美の唇目掛けて軽くキスをした。


「モモちゃん?」


突然のキスに驚いて目を丸くしながらも、少し照れた奈々美が可愛くて、思わず何度もキスを落とせば、次第にくすくすと笑い声が溢れ始めた。
そんな奈々美を抱きしめて、すり寄るように肩におでこを乗せる。

「どうしたの?」
「…ユキと」
「ユキさん?」
「ユキと、キスしたの…?」

ドラマの撮影で…。顔を上げて、おでこを肩から彼女のおでこへと移動させれば、きょとんとしている奈々美と目が合う。冷静になったらオレは何を聞いてるんだろう。と情けなくなって、目を逸らしながらおでこを離せば、それと同時に頬に感じた柔らかい感触とチュっという小さな音。

「ここにね」
「え?」
「ユキさんのほっぺにはしたよ?」

緊張しちゃった。と、両手で頬を抑えながら言う奈々美に、今度はオレがきょとんとする番だった。

「ほっぺ?」
「ほっぺ」
「口には?」
「そのうちするかも。…やだ?」

不安げに眉を下げた奈々美を、いやじゃないけどー!と声を上げ抱きしめて再び肩におでこを乗せる。オレの頭を撫でる小さな手が心地いい。

「…いやじゃないけど、複雑」
「そうだよねぇ…」

でもね、モモちゃん。と、オレの耳元に唇を寄せた奈々美の言葉に、オレは思わず彼女をソファに沈めて、今度は深いキスをした。




「お仕事でするキスもそれ以上の事も、私はモモちゃんを思い浮かべながらしてるんだよ」



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