今はまだ
「環くん…」
「久しぶり」
私の目の前で足を止めた環くんは、薄暗いせいもあってなんだか大人びて見えて、まるで知らない人のように感じた。
「こんな時間にどうしたの…?」
「話があって」
「話…」
「ななみん、今日でTRIGGERの現場終わりだって聞いてたから、オサムんに家聞いて会いに来た」
少し歩かねえ?そう言って少し笑った環くんは、やっぱりなんだか大人びて見えた。
何を言われるかわからなくてそれが怖くて、本当は今すぐ逃げたかったけど、私もいつまでも逃げてはいられない。
腹を括って小さく頷けば、環くんは安心したように、私のよく知るあどけない笑顔を浮かべた。
私たちがやってきたのは、近所の大きな公園。
夜という事もあって人は全然いなくて、私たちはしばらく歩きながら他愛のない話をした後、ベンチに腰をかけた。
あぁ、いよいよ本題に入るんだなんて思ったら気が重くなって、お互い自然と口数が減っていく。
やがて訪れた沈黙を破ったのは、環くんだった。
「この前のこと…」
「うん…」
「俺、あれからすっげー考えた」
環くんの言うこの前のこと、とはきっと告白のことなんだろう。そう思ったら自然と手に力が入ってしまった。それに気付いたのか環くんは、ごめん。と、小さく呟いた。
「…本当は言うつもり無かったんだ」
「え?」
「好きだ。なんて言ったら、ななみんの事困らせちゃうって、なんとなくだけどわかってたからさ」
俯いてた顔を上げて環くんを見れば、環くんは自身の足元に目を向けていた。その横顔がなんだか寂しそうで、私がこんな顔にさせてるんだと思ったら、なぜだか胸が痛んだ。
「でも、弟じゃ嫌だったんだ」
「…うん」
「俺よりもっと大人で、優しくて、かっけーやつなんていっぱいいるし、ななみんにはそういうやつの方がいいかもって、思ったけど」
そこまで言って、環くんがゆっくりと顔を上げた。真剣な眼差しが真剣で、思わず息が詰まる。
「俺が、ななみんの隣に居たいから」
だから、ちゃんと俺をみてほしい。
そう言って私の手を包んだ大きな手は、少し震えていた。そして私は気が付いた。
怖いのは、私だけじゃないんだ
環くんも、不安で、怖いんだ。
何が不安なのか、何が怖いのか、それは私にはわからない。わからない、けど。それでも、いつも私の後をついて駆け回っていた彼は、今確かに私よりも前に居る。
じゃあ、私は…?
「私は…」
ずっとずっと、過去に囚われてその場から動けずにいる。それで、いいんだろうか。不安や恐怖と向き合う努力を、したんだろうか。できるのだろうか。いや、しなきゃダメなんだ。
「私は、怖くて…」
そう呟くと同時に小さく震え始めた私の手を、環くんが握り直す。その手はもう震えていなくて、今度は私の番なんだって思い知らされる。逃げたい気持ちと、伝えなきゃという気持ちが頭の中を駆け巡り、言葉が出てこない。
「なにがこえーの…?」
私の顔を覗き込んだ環くんは、まるで小さい子に接するみたいに優しい表情と声色で、なんだかいつもと真逆だななんて思ったら、それが妙におかしくて、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「私、人を好きになれなくて」
「…うん」
「好きになったら、必ず別れが来るでしょう…?」
そう言って私は、過去の事を話し始めた。
母親のこと、高校の頃ちょっとだけ付き合ってた人のこと、友達のこと、そして、家族のこと。
「辛いことがあっても、私には弟がいるから大丈夫って、それを支えにしてきたの」
「…うん」
「だから…」
この言葉の続きは、何が正解なんだろう。
環くんには、これからも私の弟で居てほしい?
逃げないって決めたのに、正解が分からなくて言葉が出てこない。そんな私を見兼ねた環くんが、でもさ。と口を開いた。
「家族だってずっと居られるわけじゃないじゃんか」
「そう、だけど…」
「そんなん、俺たちが一番知ってんじゃん…」
環くんはそっと立ち上がって、空を見上げて口を閉じた。再び訪れた沈黙を破ったのは、やっぱり環くんだった。
「でも、まぁ、ななみんの事知れてよかった」
「…環くん」
そう言って振り返った環くんは、月明かりに照らされて綺麗で、なんだか涙が出そうになった。そのまま私の前にしゃがんだ環くんは、真剣な眼差しで私の両手をぎゅっと握って、こう言った。
「今はまだ、俺のこと好きになんなくてもいいよ」
そんな事を言われると思わなくて、えっ?と間の抜けた声が出た。そんな私にはお構い無しに、環くんは話を続ける。
「ななみんと一緒に居られれば、それでいいや」
「環くん…」
「でも!俺はななみんが好き。誰にも譲りたくないし、ずっと一緒に居たい。そう思ってるって事は、忘れんなよ」
「…うん」
私の返事を聞くと同時に安心したような表情になった環くんは、再び真剣な眼差しで、あとさ。と言葉を続けた。
「これからは、弟がいるからじゃなくて、俺がいるから大丈夫だって思って。…俺はどこにも行かないから」
だから、ちゃんと俺をみて。
今日2回目のその言葉からは、環くんの思いを切実に感じて、私は無意識のうちに頷いて、その大きな手を握り返していた。
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