ふたりだけの秘密とオレだけの秘密
夏の大会に向けて必死に練習して、気が付いたら夏休みになっていた。夏休みの前にテストがあった気がするけど、赤点が回避できた。という記憶しかない。
大会は順調に勝ち上がって全国大会まで駒を進めたものの上位に勝ち上がることはできず、オレの高校1年の夏は幕を閉じた。
それでも、1年でベンチ入りし数回だけど試合にも出させてもらえたオレの生活は、夏休みが明けて間もなく、思ってもいなかった方向に変わっていった。
「春原くーん!」
「きゃー!こっち見た!」
夏休み明け初日の登校日、女子からやたら声をかけられるようになった。嬉しいやら照れ臭いやらで、とりあえず会釈だけ返せば、友達から春原人気者じゃんか!なんて冷やかされるようにもなった。
「あんた、いつからそんなキャーキャー言われるようになったわけ?」
そんな中前の席の彼女、木下だけは夏休み前と変わらない、いや、寧ろ夏休み前よりも邪険に扱われているような気もする。
「こっちが知りたいよ!それよりさ、片瀬さんと連絡取れないんだけど、なんか知らない?」
そう、夏休み前は連絡をすれば返ってきていた片瀬さんとのラビチャが、夏休みに入って以降既読すらつかなくなっていたのだ。片瀬さんと仲の良い木下なら何か知ってるだろうと思い尋ねてみれば彼女は、あぁ。と短く返した。
「夏休み中は映画の撮影してて、今はドラマの撮影中とか言ってたかも」
「へっ?」
「詳しくは本人に聞けば?確か今日午後から来るはずだから昼休みにでも行ってきな」
いるかわかんないけど。木下がそう言ったタイミングで、授業開始のチャイムが鳴った。
昼休み、オレは意を決して片瀬さんのクラスへやって来た。
昼休みになるや否や知らない先輩が教室に来てオレの席を囲んだり、廊下でいろんな人に声かけられたけど適当にやり過ごし、なんとかたどり着いたのだが、ぱっと見片瀬さんはまだ来ていなさそうだ。
教室に戻るか…。と思ったと同時に1通のラビチャが入った。
それは友達からのラビチャでなんでも、『2年の美人な先輩がおまえを探してるぞ!』との事だった。そんな人に心当たりはないし、昼休みくらいゆっくりしたいのが正直なところだ。
オレは周りを気にしながら、いつもの場所に足を向けることにした。
「あっ、春原くんだ!」
「えっ!」
いつもの場所、屋上前の踊り場にはオレが探していた片瀬さんが居た。彼女はお気に入りのパンを食べながら、何か読んでいるようだ。
「片瀬さん、来てたの?!」
「うん。ちょっと前に学校に着いたんだけど、教室は落ち着かないし…。ここに来たら春原くんに会えるかな?って思って」
片瀬さんのその言葉ににやけそうになる口元をぐっと堪えて、オレは彼女の隣に腰をかけた。
「元気だった?」
「うん!ラビチャ返せなくてごめんね」
「いいよ!木下から聞いた。忙しいんでしょ?」
「ちょっとだけね」
今も台本読んでたの。と、先ほどまで読んでいたそれをオレの前に掲げる。そこには最近話題になってるドラマのタイトルが書いてあった。
「これって、千葉志津雄が主演の?」
「そう。千葉さんの娘役で出させてもらえることになって」
「え!すごい!!」
すごいよ片瀬さん!と、騒ぐオレに対してくすくすと笑う彼女の、春原くんもすごかったよ!という言葉に、オレはぴたっと動きを止めた。
「え?」
「大会、実は観に行ったの。近くで撮影してたから、その合間に」
「ええ?!」
「ちょうど春原くんのパスが得点に繋がったところを見て、興奮しちゃった!」
かっこよかったよ。
そう言って笑った片瀬さんの笑顔はやっぱりめちゃくちゃかわいくて、心臓がきゅん!と高鳴った。そのうえ、忙しい中わざわざ時間を割いて観に来てくれただけでもめちゃくちゃ嬉しいのに。かっこいい、なんて…!
顔に熱が集まるのがわかって、誤魔化すようにえっと!いや!なんて言葉になってない声を上げていると、ぐうううと大きな音が鳴った。
最悪だ。かっこわるい…。
「春原くん、ご飯食べてないの?」
「えっ、あー…朝練の後に早弁しちゃって!」
昼休みになって早々に知らない人達に囲まれたうえに、急いで片瀬さんに会いに行ったからなんて言えず、オレは適当な嘘をついた。
そっか…。と言いながら、彼女は食べていたパンを少しちぎって、大きい方をオレに差し出した。
「まだ口付けてないところだから、これ食べて?足りないかもしれないけど」
「えっ?!いいよ!!大丈夫…!」
「だーめ!お腹減ってたら午後頑張れないよ!」
ほら!と、真剣な顔で詰め寄ってくる彼女に勝てるはずもなく、オレは大人しくそのパンを受け取った。
「ありがとう。お気に入りのパンなのにごめんね」
「ぜーんぜん大丈夫!…だってね」
内緒話をするようにオレの耳元に手を添えて、実はこれ3個目なの。と囁いた片瀬さんは、オレから離れて照れたような顔で、恥ずかしいから秘密にしてね。なんて笑った。
そのタイミングで予鈴が鳴る。なんで彼女との時間はこんなにもあっという間に過ぎてしまうんだろう。そんな事を考えていたら、戻ろっか。と、片瀬さんが立ち上がった。
君がいっぱい食べる事はもちろん、耳元に残るくすぐったさとか、長い髪から香ったシャンプーの匂いとか、そのかわいい照れ笑いとか、そんなんも全部誰にも教えたくないなって思ったなんて、彼女に伝えるのは恥ずかしいから、これはオレだけの秘密にしておこうと思う。
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